誰が歯ブラシを届けるのか?

年が明けて2025年となった。この年は地域包括ケアシステムの目標年として掲げられてきた。「住み慣れた地域で、その人らしくいつまでも暮らすことができる」ことを実現するため、官民協力のもと、住まい、医療、介護、そして生活支援を整備してきた。その取り組みは、一定の成功を収めているように見える。

 

しかし、2020年代に入ると、このシステムに早くもほころびが見え始めた。その一端を担うのが、ケア人材の不足と「お一人様問題」である。2000年に誕生した介護保険制度は、物価や賃金が上がらないデフレ経済のもとで維持されてきたが、賃上げという概念とは無縁の制度であった。

 

さらに、マクロ経済の変動と同時に、社会構造の変化も進行した。その代表例が独居高齢者の増加、いわゆる「お一人様問題」である。独居高齢者が必要とする支援の多くは、自立支援を目的とする介護保険制度の対象外となる。たとえば、救急車への同乗、入院セットの契約書の代筆、病院に歯ブラシを届けるといった行為である。これらは、介護保険制度が規定する自立支援には該当しないが、従来は「家族」が担ってきた。では、「家族」がいない高齢者の場合、誰がその役割を果たすのか。

 

現在、その役割を担っているのはケアマネジャーである。介護保険制度で規定された専門職であるケアマネジャーが、介護保険制度の対象外のケアを無報酬で行っているのが現状だ。

 

この問題は、いわゆる「ケアマネジャーのシャドーワーク(shadow work)」の問題とされる。従来は「家族」が行っていた「歯ブラシを届ける」というケアの重要性は否定できないが、「家族」がいない場合、その役割を誰が担うべきかという問いには、いまだ答えが見つかっていない。ケアマネジャーは、目の前に欠けているケアを応急的に補っているにすぎない。しかし、それが今後も永続的に続けられる保証はどこにもない。

 

インフレ傾向が進み賃上げが続く中で、依然として賃金が横ばいのケアマネジャーの実質所得は低下している。無報酬での業務を担う余裕はなくなるだろう。これは専門職の倫理の問題ではなく、社会政策の失敗である。

 

ケアマネジャーは、介護報酬が上がらない中でシャドーワークを担わざるを得ない現状に怒りを覚える。しかし、真の問題はそこではない。「家族」がいないために、無数の名もなきケアを受けられない高齢者が存在しているという事実こそが、根本的な問題である。それは、介護保険制度の改定だけで解決できる話ではなく、社会全体の仕組みの問題である。

 

これらのケアは、その存在自体が「シャドー化」されている。我々の社会は、こうした無数の名もなきケアがなければ存続すらできない。この「シャドーワーク(Shadow Work)」を「ビジブルワーク(Visible Work)」へとシフトさせる必要がある。

小薮 基司

連載一覧
  • 横浜市すすき野地域ケアプラザ 所長

中央大学経済学部卒業

社会福祉法人 若竹大寿会 横浜市すすき野地域ケアプラザ 所長

一般社団法人神奈川県介護支援専門員協会 副理事長

社会福祉士・介護福祉士・主任介護支援専門員

【連載】月刊ケアマネジャー「ケアラー支援で必須の知識とスキル」(2023年度)中央法規

【分担執筆】ケアマネ実務の道具箱 中央法規

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