私憤を公憤に ケアマネよ、団結しよう!!~その3~

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入野 豊 氏

「私憤を公憤に」とこの連載を担当させて頂きましたが、まさか最終回となる12月に総選挙が行われるとは予想だにしておりませんでした。

2009年9月の政権交代によって、それまで毎年2200億円削られ続けてきた社会保障費が「コンクリートから人へ」とのスローガンのもと何はともあれ食い止められました。
そのことは大きな成果として評価されるべきであったろうと思います。
周知の通りその後、期待は著しく裏切られ、大きな期待であったがために容易には回復不能な失望に変わったこともまた事実です。

一夜明け、投票率が如何に低いものであっても、再び旧来の勢力が政権を握ることになりました。事前に行われた各種世論調査の結果通り、政権与党には厳しい(という文言では言い表せぬことが出来ない程に厳しい)結果が示されました。

「自己責任」や「自立・自助」が一層強要され、社会的弱者が今以上に切り捨てられるのではないか。福祉に関わるものとして危惧するところです。

「いのち」と「暮らし」を守る最後の砦であり、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を担保するはずの生活保護制度が、一部の不正受給を論拠に「自助・自立」が強要されたり受給抑制が画策されたりと、今岐路に立たされています。更にその様な状況下、社会保障費の財源化という名目で増税が進められようとし、果ては福祉とは決して相容れることのない「戦争」を目指すための「憲法『改正』」がまさに一気呵成に進められるかもしれないという状況になっています。

そうしたことが現実となれば、例えば介護保険法の理念にある「高齢者の尊厳の保持」も、「その有する能力に応じた自立生活」の実現もないがしろにされることは明らかです。

結果は結果として受け止めなくてはなりません。「いのち」と「暮らし」が守られ、支えられるよう、私たちは甘言・美辞麗句に酔わされず、そして「威勢のいい言動」に惑わされず、新たな政権の動向を注視する必要がありましょう。

今回の選択がどのような状況を生み出すのか。まさしく我がこととして関わり続けていきたいと考えております。

私憤を公憤に ケアマネよ、団結しよう!!~その2~

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入野 豊 氏

居宅介護支援事業所の収支差率は「△2.6%(*1)(*2)」。

「公正中立であるべし」と言われ続けて13年、実態としては訪問介護等の介護サービス事業所に依拠しなくては健全な運営が出来ない状況が続いてきました。
上記の数値が示す通り構造的な赤字体質であることに変わりはありません。
平成20年の調査結果(*3)と比べ確かに15ポイントという大幅な改善が図られたとは言え、制度の要であるケアマネジメント業務が、相も変わらす赤字構造のまま放置されているという状況です。
公的な制度でありながら構造的にマイナス収支であるという「異常な状態」を私たちは改めて考えなくてはならないと思います。
介護保険制度において要介護高齢者・障がい者の地域生活を支えてきたという誇りと確信を強力に訴え、主張すべきです。

しかし厚生労働省は、これまで行ってきた法改正・報酬改定において居宅介護支援単価の引き上げや特定事業所加算の創設、更にはその要件の緩和等を行ってきたという「実績」。また、介護支援専門員の担当件数が全国平均約27件と標準担当件数の35件を大きく下回っているとのことから、マイナス収支の要因は「経営努力」を怠ってきた法人や事業所にある、と責任転嫁とも言える認識を示しています。
その上、今回の法改正では地域包括支援センターが地域ネットワークの構築等「本来業務」に徹するためとのことから、ケアマネジャーの介護予防支援担当件数の上限が撤廃されました。地域包括支援センターとの協力・連携が強く求められる中、報酬単価の極めて低い介護予防支援(*4)を今まで以上に多く受け入れなくてはならないことになり、今後居宅介護支援事業所の運営に大きな支障が生ずることが予測されます。

介護の現場における人材の確保は喫緊の課題として厚生労働省も認識しています。良質な在宅支援の提供を行うためには、健全な事業所の運営とそこに働く介護労働者の処遇の安定が何にもまして求められていると思います。

「私憤を公憤に変え、いつでも何処でもどのような状況にあってもケアマネよ、自らの声を挙げよ」とは私の切なる思いであります。

(*1)平成23年介護事業経営実態調査(厚生労働省)
(*2)法人税などを差し引いた後の収支差率は△3.2%
(*3)△17.0%
(*4)412単位/月

私憤を公憤に ケアマネよ、団結しよう!!~その1~

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入野 豊 氏

介護保険法が施行され12年。
気が付けば「介護の社会化」「自己選択と自己決定」「介護者の介護負担の軽減」といった当初の理念は片隅に追いやられ、大手を振って闊歩する「自立」のふた文字。

少なくとも私の知り得る限りにおいて「人様の手を煩わせてはいけない。自分でできることは可能な限り自分で行うべき」という教育を受けてきた高齢者がほとんどです。
その中にあって加齢や疾病により生活に支障が発生し、「自立的に生活が出来なくなった」。だからこそ何らかの支援を必要として、如何ともし難い状況の中で制度の「助け」を求めて申請を行っているのが現在の要介護高齢者であると思います。
その当事者に対して追い打ちをかけるかのように「自立」を強要する現実。そのような制度であっていいはずがありません。

今年の3月28日「ケアマネジャーの資質向上と今後のあり方に関する検討会(以降:あり方検)」が開催され、議論が進められています。ケアマネジャー自身が、自ら検討するべき「資質の向上」と「あり方」が、敢えて言えば「部外者」に委ねられ、取り決められようとしています。

制度の要であるケアマネジャーの方向性が、第三者によって決められるということがどういうことであるのかを我々は、深く考えなくてはならないと思います。
つまり「あり方検」にある「ケアマネジャー」を専門職種である「医師」や「弁護士」に置き換えてみるとケアマネジャーの置かれている状況は一目瞭然です。
医師・弁護士に対して第三者機関が「資質向上」や「あり方」について検討し、「かくあるべし」とその方向性を示すということ自体受け入れがたいことです。

ケアマネジャーの「あり方」の「変容」は、介護保険制度そのものの「変容」につながるものです。
国=厚生労働省の「いいなり」にならない、そして当事者目線に立ったケアマネジャーとなるためにも団結し、ひとつとなることが重要であると強く思っています。