「駕籠に乗る人担ぐ人 その3・・・介護は頭脳労働」

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小泉 晴子 氏

義母を看取って4半世紀。私はその間、介護の駕籠に乗る人と担ぐ人が少しでも楽な道中を続けられるよう、家族会活動や成年後見人という「草鞋を作る」活動をしてきました。
「良いケアを」と言い続けているうちに私も高齢者になって、「自分は本当に担ぐ人が履きやすい『良い草鞋』を作ってきただろうか」と反省することしきりです。
私が介護していた30年昔と較べ高齢期や認知症についての研究が進み、介護の理論も技術も進化・深化しました。
認知症を防ぐことは出来なくとも、暴力や徘徊などのBPSD(行動心理症状)を防ぐことが夢ではなくなりました。
それなのに、それにも拘わらず、介護職に対する社会的認知度は30年前と較べて上がっているでしょうか。
相変わらず、勤労者の平均所得に較べて所得は低いまま、職場は3Kと言われ続け、若い人が介護系の学校を出てもこの業界を目指さず、求人難が続いています。
どこからか、元気高齢者に要介護高齢者の介護を担当させよという声が聞こえていますが、経済成長に貢献しない高齢者の介護は年金のある高齢者に任せるでは、いつまでたっても介護職の待遇も専門職としての地位も向上しません。
日本は世界の高齢化の先頭を走っています。
日本の介護はハードもソフトも世界に誇るもの、特にアジアの国々のモデルとなるものです。
若い人が自分から介護業界を目指し、新しい介護モデルを構築して、私たち団塊の世代の後期高齢期を明るくしてほしいと願っています。
その為にもあと少し「介護は頭脳労働、技術も経験も必要な専門職としての待遇を」と叫んで、元気に草鞋づくりに励みたいと思います。

「駕籠に乗る人担ぐ人 その2」

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小泉 晴子 氏

認知症は年をとれば誰でもなる可能性がある、と言われています。
でも、多くの人は心の内で「まさか、自分は大丈夫」と思っています。
なので告知された時はパニックになったり、受け容れがたくて否認したりしてしまいます。
上手に“介護という駕籠”に乗ることは難しいのですが、なかには見事な方も居られます。
Aさんは定年後の第2の職場で自分の異変に気付きました。
受診でアルツハイマー病と告知されると66才で会社を辞め、それまで休日の楽しみだったゴルフの練習と散歩を日課と自分で決めて毎日を過ごしています。
時々、会社の元同僚や元部下と食事を楽しみ、囲碁クラブにも通っています。
遠出をして迷ってからは、同窓会などは奥様に同行して貰い、外出を楽しんでいます。
70才の今は「会社人生で全力投球したので悔いはない」と仰います。
Bさんは「デイサービスに行かないと妻に嫌われる」と話されますが、外出時に奥様を上手にエスコートするダンディーぶりは、受診後10年たって80才を迎えても変わりません。
お二人に共通することは、ごく軽度のうちに診断を受け、医師から説明を受け、ご自分の認知症をしっかり受容していることです。
認知症について理解し、出来ないことは周りに頼りながらも出来ることは積極的に行動していることです。
Bさんは「僕は“アルツー”だけれど、そそっかしい君は“アルワン”だね」と奥様に冗談を言われます。
そんな冗談が出るまで、ご夫婦共にどれだけ涙を流し、眠れない夜を過ごしたことでしょう。
認知症に究極の予防法や治療法は今のところありません。
軽度でも何れは重度に進行します。
怖くても早期受診と結果の受容に自分のこととして向き合っていきたいです。
家族や介護職、医療職など、介護という駕籠を担ぐ人に上手に担いで貰うために。

「駕籠に乗る人担ぐ人、そのまた草鞋をつくる人」

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小泉 晴子 氏

介護を考える時、母が言っていたこのたとえを思い起こします。
「人には境遇によって甚だしい差がある」と母は言っていたのですが、私はもう一つの意味「人と人との社会的なつながりを示すたとえ」(広辞苑第四版)として、介護に当てはまるなぁと思うのです。
介護が話題になる時、介護の担い手である介護職がどうあるべきか、介護方法、介護保険制度など、「駕籠を担ぐ人」の問題が取り上げられます。
また、最近は、地域を支えるボランティアのことも話題になります。
「そのまた草鞋をつくる人」です。
「駕籠に乗る人」、つまり認知症等の障がいを抱えた人は、介護の対象として「予防に励んで下さいね」としか問題にされません。
私たちは誰でも年を取ります。
誰でも何れは「駕籠に乗る人」になって、介護保険を使うか否かは別にして、多かれ少なかれ介護を受ける立場になります。
その時、上手に駕籠に乗ることが出来るか、自分の問題として考えてみなければなりません。
「駕籠に乗る」は一見楽チンなようですが、意外と難しい。
物の本によると江戸時代の老中は登城の際、駕籠はいつも駆け足だったそうで乗り心地は悪かったようです。
また、忠臣蔵に出てくる、国元に浅野内匠頭刃傷、切腹を知らせる早駕籠は、乗り手も命がけだったそうです。
それ程危急の場合でなくとも、乗り方に慣れていないと乗り物酔いをしたり、担ぎ手に気を遣ったりで、楽ばかりでは無かったと言います。
現代の「駕籠に乗る人」つまり介護を受ける人も、要介護になった時の心構えや事前の準備がないと駕籠の乗り心地は悪くなります。
次回は、上手に駕籠に乗っている方の例をご紹介したいと思います。