コラム

経験豊富な著名人の方の連載コラムのページです。
『私が求める「質」を語る!』をテーマに、お1人3回連載で掲載していきます。
今後も多方面の方からリレー形式で随時更新していきますのでご期待下さい。

執筆者の方々

柴田 範子(2回目)
プロフィール

■経歴■

東洋大学ライフデザイン学科 元准教授。

NPO法人「楽」理事長。

神奈川県社会福祉審議会委員や介護福祉士国家試験委員。

1987年川崎市においてホームヘルパーさんとして勤務。1999年4月上智社会福祉専門学校の講師として教壇に立つ。

その傍ら、NPO法人「楽」を設立し、2005年4月より現職。

2004年NPO法人「楽」は川崎市内を中心に福祉・介護にかかわる事業、研修、研究、相談事業等を行っており、認知症デイサービスセンター「ひつじ雲」を川崎市幸区に開設。2006年5月には新制度の「小規模多機能型居宅介護」へ形を変え、それと同時に新たに「認知症対応型通所介護」(デイサービスセンターくじら雲)を同じ幸区内に開所

現在は、介護の質を高めたいと言う願いを持ってサービス提供責任者の実務研修に力を入れている

NPO法人楽 HP  

佐藤 知良
プロフィール

■経歴■

大学卒業後に燃料系商社の経営部門で14年半勤務。

その後、介護保険制度の導入を機に、介護業界に入り21年。

大手有料老人ホームの経営部門、施設長(支配人)などに従事した後、2019年6月にサンケイビルウェルケアに入社。

今年1月にウェルケアヒルズ馬事公苑の支配人に就任。

前職までを含め、有料老人ホームの支配人を11年経験。

山岸 光弘
プロフィール

■経歴■

1987年 4月 株式会社日本コンピュータコンサルタント 入社。

2008年 4月 介舟ファミリー 営業課長として就任。

現在に至る。

古川 透
プロフィール

■経歴■

1972年に福島県に生まれ埼玉県で青年期まで過ごす。

大学卒業後、1997年に当時の「株式会社一広」へ中途入社し、求人広告営業職に従事。

多くの企業の採用成功の実績を積み重ね、2017年4月のホールディングス化に伴い、求人事業部を前身とする「一広バリュークエスト」の取締役営業部長に就任。

2018年より現職。

現在も前線で人材募集に限らず、企業の経営課題に対し人材ビジネスからのアプローチで課題解決を手掛ける。

株式会社一広バリュークエストHP  

石井 理絵
プロフィール

■経歴■

大学卒業後、2004年、埼玉日産自動車(株)に営業職として入社。

ショールームにご来店くださったお客様を中心に、日産車の魅力をご説明しながら、ライフスタイルに合わせて最適な車をご提案し、カーライフ全般のコンサルティングを行っています。

■保有資格■

日産販売士1級

査定士

損害保険募集人資格

萩原 優
プロフィール

■経歴■

千葉県出身 東京医療専門学校卒業 柔道整復師

専門学校卒業と同時に国家資格である柔道整復師を取得。
千葉県にある整骨院に勤務しながら、臨床経験を積む。この業界に入ったきっかけである、スポーツ現場で仕事がしたいという気持ちが再燃し退職。
現場での仕事を前向きに受け入れてくれる現在の職場である埼玉の整骨院で勤務するようになる。そこで勤務しながらスポーツ業界だけではなく、デイサービスでの運動指導をきっかけにシニア世代の参加者が多い商業施設での運動指導も担当するようになる。それ以外にも子供達の運動指導などにも携わっている。

平 家宏
プロフィール

キットカンパニー株式会社 代表取締役

■経歴■

1962年兵庫県生まれ。
1984年関西大学社会学部卒業。
同年全日空ビルディング株式会社(現ANAファシリティーズ株式会社)入社。
2005年に「出会いを大切に、全ては明日の笑顔へつながる」を信条に
老人ホーム紹介業“キットカンパニー株式会社”を起業。

休日にはバスケットボールを楽しむ。

https://kitcompany.jp/

宮田 英知
プロフィール

■経歴■

スキューバダイビングインストラクター、介護サービス(デイサービス、訪問介護、福祉用具貸与)、病院(理学療法士)勤務を経て、現在は「株式会社アサヒ・スタッフサービス」デイサービス、小規模多機能型居宅介護、居宅介護支援事業所の施設長。

「いつ、どこで、誰といても、与えられる人になりたい。」

人を輝かせるのが私の仕事です。

2018年10月:椅子体操「nalu-nalu体操(※)」の考案、
監修指導に関わり、
国際福祉機器展HCR2018にて実演。
naluとはハワイ語で”波”という意味です

http://miyatahidetoshi123.livedoor.blog/

橋本 紗貴
プロフィール

■経歴■

1996年 大分生まれの熊本育ち
2010年 体育大会で倒れ重度重複障害児となる(中学2年生)
2015年 九州ルーテル学院大学に入学(心理臨床学科)
現在   大学4年生

■障害■

私の病名はギランバレー症候群。今は多発性神経炎という病気も併発しています。

肢体不自由(四肢麻痺)、視覚障害、聴覚障害、感覚障害、味覚障害、体温調節機能障害、その他様々な障害があり、電動車いす使用。
行き慣れた場所は1人で走行が可能です。
両足と右手はまったく動かず、左手は動きますが親指と人差し指以外に力が入らずモノをつかむ力が弱いです。
時々の体調によって身体の状態が変わり、身体がまったく動かなくなることもありますが、ICTによって助けられています。
視力は、右目は盲(視力ゼロ)で半年前に右目が失明。
左目は弱視(0.01)と言われておりでぼんやり見えています。
いつか全盲になるかもしれないと言われています。
視野は1円玉くらいの大きさです。

聴力は、1年半前に両耳失聴し、120dbで両耳補聴器を装用中です。
コミュニケーション方法は、音声、コミューン、触手話、指文字、視線入力、レッツチャット、点字付きコミュニケーションボードなど多数あります。

■活動■

2017年、9月から九州ろう学生懇談会に入会し、現在支部長として活動中。
同月に熊本盲ろう者夢の会、全国盲ろう者協会に入会。

2018年、6月に九州ろう学生懇談会支部長として福岡で「障害受容と障害学生支援」について講演。

7月末に同行者2名と親元を離れ島根に。

ブログは、私の日々の生活を中心に書いています。

重複障害者である私の日常:https://ameblo.jp/hashisan-06/

伊藤 史人
プロフィール

■経歴■

1975年 東京都中野区出身
2010年 民間会社勤務を経て、一橋大学情報基盤センター助教
2011年 岩手県立大学ソフトウェア情報学研究科博士後期課程 修了
2014年 島根大学総合理工学研究科助教 ~

■学位■

博士(ソフトウェア情報学)

■活動■

直近8年間は福祉情報工学を専門として、重度障害者のコミュニケーション支援や特別教育に関する研究および講演活動を行う。
研究成果として、
♣ 視線入力訓練ソフトEyeMoTシリーズ(2014年)
♣ バリアフリーマップアプリWheeLog!(2015年)
を開発。

EyeMoTシリーズは、教育コンテンツ最大の国際コンテスト日本賞でグランプリを受賞。
WheeLog! は日本最大のバリアフリーマップアプリとなる。
その他、受賞多数。

ブログ「ポランの広場」は、福祉工学系の話題を中心に扱い、支援学校教員・作業療法士や理学療法士に多くの読者をもつ。

ポランの広場:http://www.poran.net/

小川 晃子
プロフィール

■経歴■

1954年島根県で生まれる
1977年から東京で民間シンクタンクの研究員
1994年日本社会事業大学社会福祉学研究科(社会福祉学修士)
1998年岩手県立大学社会福祉学部講師
2006年博士(心理学)
2008年岩手県立大学社会福祉学部教授
専門は地域福祉・福祉情報。

■活動■

ICTを活用した高齢者の能動的安否確認システム「お元気発信」を開発。
これにより2007年日経地域情報化大賞・日本経済新聞社賞受賞(共同)。
民間企業との共同研究の成果は、NTTドコモの「つながりほっとサポート」等。

島 香織
プロフィール

経歴

富山県高岡市出身。
社会福祉事業応援サポーター。
富山県高岡市ふるさと応援特使。
応援ソングの歌姫
愛称 しまこ

富山と全国を結ぶ架け橋となるよう、活動を続けている。

ジャポニカ学習帳CMソング、テレビ朝日系「ちい散歩」挿入歌など多数のCM・イメージソングを手がけ、約30社以上にのぼる。

夢を持ち続けることや諦めない気持ちを届けるオリジナルソング
「CAN~ 夢の扉~ 」
を中心とした小学校ライブも積極に行っている。

2018年9月26日、日本クラウンレコードより【CAN~夢の扉~】(ジャポニカ学習帳/CMソング)で、メジャーCDデビュー。

利き酒師の資格を持ち、
オリジナルソング日本酒でカンパイ」で日本酒文化推進にも貢献している

メディア

映画 「デンサン」 出演
テレビ東京系『土曜スペシャル』
東京MX『爆走ロケハンター』:OA中

活字・専門誌等

JR時刻表の特集(2012)

ラジオ・有線

FMとやま『コンプレッサー・島香織のシャンシャンちゅーずでい』毎週火曜レギュラー

通信カラオケ DAM(第一興商)にオリジナルソング5曲配信中

公式ホームページ
 島 香織 Official Web Site  

多江 和晃
プロフィール

■経歴■

福井赤十字看護専門学校卒業後、福井赤十字病院、順天堂大附属順天堂医院などを経て、2007年に起業。
現在、都内城南城西城北地区を中心に訪問看護事業所21店舗、居宅介護支援事業所4店舗、福祉用具販売貸与事業3店舗、訪問美容事業等を運営している。

■所属■

・Life On Vital Element 代表取締役

 

ホームページはこちらから → http://www.lovei.co.jp

林 久仁則
プロフィール

■略歴■

1982年生まれ。鹿児島県奄美市出身。体育科学修士。
幼少期の痩身コンプレックスを経て、強くなるための食事や身体づくりを筑波大学での体育部活動・健康生理学研究室を通じて学ぶ。
2008年より東京医科歯科大学にて8年間健康教育に従事。
2015年企業へ転職。
2013年より東京芸術大学にて古武術に習う身体操法を軸とした講義を継続中。
市民向け公開講座を担当後、講座受講生が自主的に学び合う「いにしえの会」が発足し、市民の皆さまと地域での体育活動を始め4年目に突入。

■現在■

株式会社エンヘルス (素彩屋) 取締役
東京藝術大学 体育 非常勤講師
NPOメタボランティア フィジカルトレーナー
つくば身体操法研究会 世話人
いにしえの会 定例講師
文京区アカデミア 講師

医と食に徹底的にこだわる企業と、社会課題の解決に結びつく仕事を創ることへ共感を覚え、2016年4月より民間企業へ転身。
株式会社エンヘルスの健康促進事業を社会に根付かせ、多くの人の前向きな変化に貢献することを目的に、精力的に活動中。

♥株式会社エンヘルス (素彩屋) はこちらから

石原 綾子
プロフィール

■経歴■

・飲食店経営プロデュースを経て、某大手エステティックサロンやスポーツサプリメントメーカーにて、栄養指導、研修、販売促進企画マネジメントに携わる。
その後、農業の分野にて、某電器設備メーカーの企画営業として、スマートアグリ及び地域活性に特化した活動を行う。
食や農に特化した「健康」「美容」「メンタルヘルス」を中心とした商品開発プロデュース、研修企画・運営会社を設立する。

■所属■

・株式会社アイ・フィールド代表取締役
・一般社団法人野菜プラネット協会顧問
・一般社団法人ALFAE運営委員/事務局

■取得資格■

栄養士、食育指導士、メンタルヘルスマネンジメント検定第2種、メンタルヘルスカウンセラー
食の6次産業化プロデューサーレベル4(内閣府)

■専門分野■

~セミナー講師、研修企画~

管理職向け、一般社員向け食生活メンタルヘルス研修、栄養学講師(健康・美容・スポーツ)
人材育成指導及び企画立案、栄養カウンセリング、6次産業化研修企画・講師

~商品開発プロデュース~

地域食ブランディング、目的別商品開発、目的別食事メニュー開発・プロデュース、
イベント企画・運営

宮下 剛
プロフィール

Profile

【 所属・職種 】
・森田病院 リハビリテーション部
・言語聴覚士

【 職歴 】
・1994年 湯河原中央温泉病院 リハビリテーション科入社
・2002年 森田病院 リハビリテーション部言語療法室入社、現在に至る

【 地域活動 】
・津久井お口を想う会 代表
・神奈川摂食嚥下リハビリテーション研究会 副会長

【 資格 】
・認定言語聴覚士 摂食嚥下障害領域(日本言語聴覚士)
・かながわ介護予防・健康づくり運動指導員(神奈川県)
・NST専門療法士(日本静脈経腸栄養学会)
・日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士(日本摂食嚥下リハビリテーション学会)

メッセージ

担当の利用者が摂食嚥下障害の場合、介護関係職の皆様は何に着目されるでしょうか。
職種や利用者の状況により多くの視点があると思います。

生命リスクのある摂食嚥下障害の捉え方として、軽度・中等度といった重症度や病態等、摂食嚥下障害自体の”レベル”のような観点は重要です。
一方、利用者の生活・人生において、摂食嚥下障害がどのような意味であり、どう位置づけられるのか、という考えも大切です。

摂食嚥下障害の”レベル”に対し、”質”として捉える考えになるでしょうか。
たとえば、自宅で3食摂取可能も、人前でむせることを嫌い、外出を控えることがあります。
その人にとっての摂食嚥下障害は3食経口有無でなく、生活習慣に影響を及ぼすことを意味します。

また、重度の飲み込み困難の場合、全身状態によって生命リスクが異なるため、利用者により”一口食べる”という重み、一口の位置づけは異なることもあります。
軽度の摂食嚥下障害では、食種の制限が関係者の予測以上に苦痛な利用者もいれば、その逆の場合も考えられます。

このように摂食嚥下の機能や経口摂取の有無だけでなく、それぞれの利用者の生活・人生といった全体像のなかで、摂食嚥下障害との関係性を捉えることが摂食嚥下障害の質の評価といえるでしょう。

介護・医療の連携水準引き上げが求められるなか、摂食嚥下障害の質についても、多職種で情報共有ができれば望ましいと考えています。

【 ICF 】
利用者における摂食嚥下障害の質を捉えるには、ICF(国際生活機能分類)が参考になります。ICFは、2001年にWHO(世界保健機構)が承認し、人の生活機能と障害およびその背景因子を分類したものです。

摂食嚥下に関わらず、その人にとって何ができて何ができないのかを心身機能や身体構造、活動や参加といった構成から捉えることができます。

次回はICFの捉え方を参考に、摂食嚥下障害の質を考えましょう。

市川 勝
プロフィール

Profile

1978年千葉県生まれ。言語聴覚士。
2002年より医療法人社団哺育会さがみリハビリテーション病院リハビリテーション科にて脳卒中後遺症や神経難病の方の言語聴覚療法や摂食機能療法に従事。
2008年より同科長。
2010年より上尾中央医科グループ協議会リハビリテーション部科長(兼務)。
2013年より、神奈川県相模原市内の認知症キャラバン・メイトや認知症サポーターのつながりを強化し、認知症になっても安心して暮らせる街づくりを推進する目的で「認知症サポーターネットワークさがみはら」を設立、代表世話人を務める。
2015年より「相模原市キャラバン・メイト連絡会」会長。

職域活動

2012年~ 神奈川県言語聴覚士会 理事
2015年~ 一般社団法人日本言語聴覚士協会 代議員
一般社団法人日本言語聴覚士協会 学術研究部 認知症小委員会委員

学術活動

2011年 国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健医療学専攻リハビリテーション学分野博士課程修了(保健医療学博士)
(所属学会)
日本コミュニケーション障害学会
日本高次脳機能障害学会
日本認知症ケア学会
日本認知神経科学会、他

井戸 和宏
プロフィール

Profile

株式会社IDO 【代表取締役】
NPO法人Link・マネジメント 【代表理事】
社会福祉法人シティ・ケアサービス 【法人戦略・人材育成顧問】
ルミナス株式会社 外部取締役兼クオリティコントロール室 【室長】

●日本社会事業大学専門職 大学院ビジネスマネジメント修士
●社会福祉士
●介護福祉士
●介護支援専門員
●認知症ケア上級専門士
●厚生労働省認定認知症介護指導者

1993年より相模原市・横浜市の高齢者介護施設等に従事。
介護主任・相談員などを経て、横浜市の社会福祉法人、株式会社等で介護施設の統括責任者や施設長を歴任。

日本介護福祉学会・日本認知症ケア学会他、認知症ケアジャーナルなどにて実践事例研究を多数報告。

現在は、年間で延べ240事業所に対しての事業運営に関するコンサルタントとして、事業所に戦略・戦術を伝え、顧客満足度を高めるとともに定着率の改善に高い実績がある。

これらの実績に基づき、組織の健康状態を安定化させるためのオンラインシステムを開発(CAP)、社会に貢献できるよう尽力している。

講師としては認知症介護指導者養成講座、リーダー育成、その他セミナー講師などの実績多数。

メッセージ

始めまして、私は介護事業運営のコンサルティング、研修講師派遣と従業員のメンタルヘルスなどを運営する会社を経営しております。

介護職員としてデビューしてから相談員、ケアマネージャー、複数のグループホームの統括経験等を経て福祉ビジネスの専門職修士を取得し、独立。早いもので22年です。

今、様々な介護事業所、施設にお伺いして、経営者、管理者、リーダー、スタッフから現状の問題についてご相談を受け現場に赴いております。

その中で私が求める質として選んだテーマは介護リーダーの質です。

さて、「質の高い料理」という言葉に皆さんは何を連想されますか?
「舌をうならせる味」「手の込んだ料理」「皿などの調度品を含んだ完成度」など、「質の高い料理」といっても、人のイメージには違いがありますし、求める人次第で質の評価は違うのだと私は思います。

従って、リーダーの「質」といっても様々な価値観により捉え方は違います。

私が求めるリーダーの質とは「ご利用者・ご家族様・地域の皆様・スタッフ・上司」といった利害関係者(ステークスホルダー)から求められる役割と機能を安全に快適に効率よく実践できるチームの完成度であり、その中身なのです。

従って、リーダーとは「まとめ役」のことです。
チームで効率よく働くためには、まとめ役の存在と、まとめられる側(フォロワー)の協力が必要です。

一方で、介護を必要とするクライアントは、人として自立(律)した生活を当たり前におくる権利を持っています。

介護リーダーとフォロワーは、クライアント自身が、「生きる」という活動意欲を高めることを支援するとともに、クライアントが自立した生活を送る上で生じる「生活のしづらさ」を知り、それを専門の知識や技術、人間力で分析し、当たり前の生活が出来るよう環境を整えたり、整えられるように手助けすることです。

次回は、介護リーダーを取り巻く難問と解決策について考えていきます。

林田 俊弘
プロフィール

Profile

NPO法人ミニケアホームきみさんち 【 理事長 】
有限会社自在 【 取締役社長 】

1968年4月23日 福岡生まれ
1999年4月 ミニケアホームきみさんち設立
1999年9月 NPO法人取得
2000年11月 東京都グループホーム連絡会代表就任
2004年4月 有限会社自在 設立

現任
東京都地域密着型協議会 【 副代表 】

メッセージ

はじめまして。
私は、都内で認知症対応型共同生活介護(以下グループホーム)を運営しています。

グループホームは1999年の4月から運営をしていまして、現在6事業所を運営し、60名様分の居室があります。

「質」については、よく考えます。
当然仕事について考えることがほとんどです。
ケアの質、グループホームの質 認知症状態にある方への支援の質などなどです。
そのようなことを考えるときに、必ず行き着くのが、「質とは何か」ということです。

辞書を調べると、「そのものの良否・粗密・傾向などを決めることになる性質。
実際の内容。「量より―」「―が落ちる」などと出てきます。(デジタル大辞泉)

その通りでしょうけど、これでは今一つピンときません。

そこで、質が良いものを表す言葉である「上質」について考えると、これの対義語は「粗悪」です。
と言うことは上質とは物事を構成しているものが、ほかのものと比較すると、より良いもので構成され、それがトータルでほかのものより良い出来であることかなと考えます。

ということは、質とは物事を構成しているひとつひとつのものを総じている言葉だと考えられます。

その「質」という言葉は一言ですが、さまざまなとらえ方があると思うのですが、大切なのは、その物事を求めている人にとって意義のある質であるかどうかということだと思います。

求めている人からすると、たいして必要としていない「質」であればそれはどんなに上質であっても評価の対象とはならないと思うのです。
例えば、家電製品を買う時に、最新のさまざまな高性能・多様性に惹かれるか、シンプルな操作性と確実な動作を求めるかによって、同じカテゴリーのものを買うにしても違いが出てくると思うのです。

つまり、仕事において求める「質」を考えるのであれば、誰にとってのどのような質を求められているかを考えることが、とても重要なのだと考えています。

小泉 晴子
プロフィール

Profile

社会福祉士(権利擁護センターぱあとなあ東京会員)
特定非営利活動法人成年後見推進ネットこれから 【理事長】
ブーケの会(練馬認知症の人と家族の会)【世話人】
特定非営利活動法人認知症サポートセンター・ねりま 【理事】
練馬区社会福祉協議会権利擁護センター
ほっとサポートねりま運営委員
練馬区社会福祉事業団評議員
練馬区在宅療養推進協議会在宅療養部会委員

昭和23年 9月21日生
昭和46年  埼玉大学教育学部卒
昭和60年~平成元年 認知症の義母を在宅で介護
平成9年~平成22年「ブーケの会」代表
平成17年  東京都社会福祉総合学院卒業
平成18年5月  社会福祉士登録
平成19年3月  特定非営利活動法人成年後見推進ネットこれから認証
平成27年4月  特定非営利活動法人認知症サポートセンター・ねりま 設立

メッセージ

介護を考える時、母が言っていたこのたとえを思い起こします。
「人には境遇によって甚だしい差がある」と母は言っていたのですが、私はもう一つの意味「人と人との社会的なつながりを示すたとえ」(広辞苑第四版)として、介護に当てはまるなぁと思うのです。
介護が話題になる時、介護の担い手である介護職がどうあるべきか、介護方法、介護保険制度など、「駕籠を担ぐ人」の問題が取り上げられます。
また、最近は、地域を支えるボランティアのことも話題になります。
「そのまた草鞋をつくる人」です。
「駕籠に乗る人」、つまり認知症等の障がいを抱えた人は、介護の対象として「予防に励んで下さいね」としか問題にされません。
私たちは誰でも年を取ります。
誰でも何れは「駕籠に乗る人」になって、介護保険を使うか否かは別にして、多かれ少なかれ介護を受ける立場になります。
その時、上手に駕籠に乗ることが出来るか、自分の問題として考えてみなければなりません。
「駕籠に乗る」は一見楽チンなようですが、意外と難しい。
物の本によると江戸時代の老中は登城の際、駕籠はいつも駆け足だったそうで乗り心地は悪かったようです。
また、忠臣蔵に出てくる、国元に浅野内匠頭刃傷、切腹を知らせる早駕籠は、乗り手も命がけだったそうです。
それ程危急の場合でなくとも、乗り方に慣れていないと乗り物酔いをしたり、担ぎ手に気を遣ったりで、楽ばかりでは無かったと言います。
現代の「駕籠に乗る人」つまり介護を受ける人も、要介護になった時の心構えや事前の準備がないと駕籠の乗り心地は悪くなります。

増田 由加里
プロフィール

Profile

リラクゼーションサロンHalelea(ハレレア)代表。
都内のエステサロン8年勤務、2000年スペシャルメイクアップ取得、アロマ実践認定取得。
ハワイに伝わる伝統的なマッサージを学びにハワイへ留学。
プロフェッショナルセラピストを取得後、2007年リラクゼーションサロンHaleleaを開業。
2010年介護ハンドアロマ取得。
2010年から介護施設へタッチセラピー(アロマトリートメント)出張サービスを始めました。
現在、板橋区、三郷市、朝霞市などで、タッチセラピー(アロマトリートメント)の出張活動を行っております。

痛みや不安などの緩和ケアとしてタッチセラピー(アロマトリートメント)を通して介護活動に関わっております。

メッセージ

2009年の冬、「介護アロマって知っていますか?」と不意に話しを振られた。
その一言から介護アロマ(タッチセラピー)の仕事に係わる出会いと転機でした。
10代の頃、大好きだったおばあちゃんが脳梗塞で倒れ、10年間寝たきり生活を送っていました。
所々が痛く辛らそうだった事や、介護していた母親も心身共に疲れきっていたことの記憶があります。
その時に思ったのです。
「セラピストとして、介護にも携われるのだ」という、ある意味運命を感じました。
それからはセラピストとして、介護アロマ(タッチセラピー)の勉強の始まりです。
何が私に出来るのか?何を私が担えるのか?そこに私や利用者の笑顔はあるのか?
思えば苦悩と楽しみの毎日でした。
そうして実践の開始です。
(介護現場での介護アロマ施術ONEシーン)
介護施設で利用者さんとのコミュニケーションを取りながら、ハンドトリートメントやフットトリートメントを中心に体感していただきました。
介護アロマの1番の目的は、心と身体の緩和ケアだと考えています。幼い頃、母親に痛い場所を撫でてもらっただけで、不思議に痛みが緩和した経験はありませんか?
1対1で利用者さんと向き合い、寄り添い、お互いの存在や肌の温もりを感じ、優しくトリートメントすることで、心に小さな灯がともる様な安らぎのある時間の演出なのです。
高齢になると、自分の身体の老いや病気、この末のことなど・・・不安や痛みが増え、精神的にも落ち込み易く不穏な時間が多くなります。
そんな不穏な時間に介護アロマを体感していただき、心身共に安らぐのです。
介護アロマの施術を行うことにより、利用者さんの生活の質(QOL)が向上し生命の尊厳も保持されると思います。
身体は筋力の低下により動き難くなります。
部位をトリートメントすることで、筋肉が緩み関節などの可動域が広がり、血行・リンパの循環を促進することで、自然治癒力・免疫力が高まり健康維持にも繋がります。
利用者さんにトリートメントする際は、必ずお話しに耳を傾けることはもちろんですが、心と身体の変化を感じとることにも注意を計らい行います。
言葉を話さなくても身体や肌に、色々な合図を出していることが多いと感じてます。
(おばあちゃんもそうだったのではないかと心馳せる私がいます。)
「介護アロマって知っていますか?」その一言が私の人生の転機であり、介護アロマの質を求めだした始まりでした。

上村 晃一(2回目)
プロフィール

Profile

血液型 : O型
趣味 : 読書(人には喋る事では?と言われる)

食品サービス業・OA機器会社を経て東京法規出版にて医療・福祉・社会保障関連の出版・イベント企画営業。
特に官公庁・健康保険組合の担当。
1999年にグループ会社日本ケアプラザに出向。
ホームヘルパー養成講座運営を始める。
2002年1月SILサービス向上研究会を立ち上げ現在に至る。
※写真は「介舟ファミリー」藤淵と撮影

メッセージ

私が初めて国際福祉機器展(以下HCR)に足を踏み入れたのは、1999年の秋でした。
そうなんです。介護保険施行(2000年)の前年で私も介護保険が転機として介護関連会社を設立する運びになった年でした。
それまで医療系出版社にいたのですが、さあ介護の仕事をと考え、悩んだときにHCRに行くことを決めました。
これからの自分に影響のある機会になると意気込んで行ったのを覚えています。
以下感想を私の心の中の言葉として書きます。
「こんな大きな会場で開催するんだ~!?」
「いっぱい人が来ているな~!!」「おっ!いっぱいブースがあり一日じゃ見れないかも!」
「あれっ!!何だか同じ商品をいろいろな会社が出しているだけでは?」
「車メーカーしか目立っていないな~」
「高齢者の生活を支える商品のバリエーションがまったくない」 等々
「飽きたから帰ろう!」
こんな気持ちになったのを覚えています。
正直、国際って何のこと?
商品に魅力を感じないのは、私の見方が悪かったのかと悩みもしました。
それから期待しては、足を棒にして帰社する3年間連続の悩みにもなりました。
しかし、皆様。ここ数年は何だかびっくりする位変化が起きていると思います。
以下感想を私の心の中の言葉として書きます。
「高齢者や障害者が選びたくなる商品が増えたな」
「車椅子乗り込み型オートバイがあるなんて」
「高齢者の靴ってダサいと思っていたのにおしゃれなものが増えてきたぞ」
「杖もオリジナルやキラキラ系やファッション的だな」
「これからは介護ロボットの時代がくる」
「商品差別化を意識したブースが増えたな」
「ありゃ!コンサルティング会社まで出展している」等々
もし私と同じように行ってみたけど飽きてしまった方。
又は行けていない方がいらしゃいましたら是非今年は行ってみてください。
近年は私も楽しみで行くことにしています。
確かなものづくりと、選ばれる商品・可能性を秘めた商品やシステムなど、本来の日本が得意とした展示会になっていると思います。
何か皆様に影響のある商品が見つかると良いですね。
追伸
介舟さんのブースにもどうぞお運びください。(笑)

蛇足 私が今まで影響を受けたり、現場に導入した商品等々
介護足湯
介護請求ソフト
石臼(コーヒー用)
ヒーリングルームの作り方
高齢者栄養サポート食品
認知症予防パソコンソフト
歩き回って十分な有酸素運動をした私の健康(笑)

溝呂 木大介
プロフィール

Profile

1978年生まれ 介護福祉士。
(株)ライフサイクロペディア ローズ療養通所介護 施設長。
普通科高校3年時に退学。通信制高校に通学の傍ら重症心身障がい者施設にて介護キャリアが始まる。
2000年 老人保健施設ヒルトップロマン入職後、同法人である老人保健施設デンマークイン新宿の立ち上げに携わる(介護主任)。
2010年 (株)ライフサイクロペディア ローズ療養通所介護の開設をし、現在に至る。
介護福祉士の専門性の確立に力を入れており、『専門性を確立する会』の立ち上げで行った研究「専門性を確立するために 介護福祉士の仕事の根拠」を発表。
2015年より、東京都介護福祉士会にて介護研究の方法の講師を務める。

メッセージ

日本の介護は捨てたもんじゃない。

よく、北欧が福祉先進国だと取り上げられたりするけれど、それはあくまでその国の文化の中で、その国に住み慣れた人たちが、その国でしてきた生活を、年老いても、障がいを負っても継続できるということである。
日本には日本の文化があって、日本でしてきた生活を継続するための福祉サービスがたくさんあるのだ。

グループホーム・小規模多機能サービス・施設系サービス・在宅系サービス・どのサービスを覗いても、どの研修会に参加しても、芯のある、しっかりとした介護観を持ち合わせた介護士に必ず出会う。

そう、日本の介護はすごいのだ。
もっともっと日本の介護士は福祉を支える存在として評価されるべきだし、自信を持って良い存在なのである。

では、過小評価される原因は何だろうか。
介護は組織力が弱すぎるのだ。
東京都に限って言えば、約10万人の介護福祉士で、介護福祉士会に加入している人は約1600人。
職業倫理や原則もしっかりあるのに、みんなが個人の努力だけで何とかしようとし、自分の頭と体をすり減らしながら毎日毎日踏ん張っている。本当にすり切れちゃう人だっている。
今こそ介護としての組織力を高めよう。

介護福祉士を対象としたある意識調査では、専門性に対する不安の要素は経験値の低さとの相関が高い事がわかっている。
経験年数が上がるほどに多くの事例と向き合う機会が増え、その対応方法もより確立されるのである。
我々はこの高めた経験値を次世代に受け渡さなくてはならない。
たくさんの事例を積み重ね、我々が介護を始めた時よりも、明日から始める人の方がたくさんの参考事例を参照できる、そんな組織が今後求められる。

今日までの自分の努力と経験の蓄積が、明日からの介護の世界全体の質を向上させる。
介護にはそんな魅力もあるのだ。組織的に情報を共有することで進化し続ける本当の専門職集団として日本の介護の未来を支えよう。

いつの日か、子供たちが憧れる職業に介護福祉士をランクインさせる事が私の夢である。

内田 千恵子
プロフィール

Profile

公益社団法人 日本介護福祉士会 副会長
1989年、特別養護老人ホーム大塚みどりの郷に入職。
介護課長などを経て、2005年大塚みどりの郷施設長となり2007年12月退職。
現在は(株)あいゆうサポート(地域密着型認知症対応型通所介護事業を運営)代表取締役。
著書:「あなたの家族がもしかしたら認知症かもと思ったとき読む本」すばる舎、「介護職のための記録の書き方」看護の科学社、「はじめて学ぶ介護」日本医療企画 など。

メッセージ

介護職が仕事をどうとらえているか

先日、ある介護職員の研修会で、介護の専門性について尋ねたところ、「やさしさ」「自立支援」「寄り添うこと」などという意見がでたなかで、「自分たちの仕事は最下層だから」と話される方がいました。

だから専門性などと言っている場合ではないということだったのかもしれません。少々驚いたし、がっかりもしたのですが、まずは介護を仕事としている我々自身が、介護という仕事をしっかりとらえないといけないのだと痛感しました。

介護サービスの質は、介護職員の質にあると言っても過言ではないと思っていますので、内部をしっかりさせることができずに、外部の評価などありえないと感じました。

介護現場で働く人の現状

介護現場には有資格者から無資格者まで、知識や技術、経験等さまざまな人が介護職として働いています。全部の事業所ではありませんが、介護職や介護福祉士の状況は次のようなものと考えられます。

● 介護職の現状

・自分のやっている介護は適切で正しいものなのか、疑問を感じている
・他と比較することができず、その職場の介護のやり方や介護に対する考え方に合わせるしかない
・介護という仕事は3Kと言われる肉体労働の最たるものであると思っている
・介護職自身が自分の職業を適切に捉えられず、自分のやっていることに自信や誇りが持てない
・教育が中途半端なため、介護や関連領域の知識の活用ができない

● 介護福祉士の現状

・介護福祉士資格取得方法の多様さによるレベル差
・養成校で学んだ人以外はほとんど体系的教育を受けていない
・介護福祉士取得後の教育や研修受講の状況も一律ではないため、成長に差がある
・キャリアアップの仕組みが十分ではないため、将来の展望が描けない
・労働者として、その職場の介護のやり方や介護に対する考え方に合わせるしかない

この現状は、介護職の自己研鑚が足りないということもあるかもしれませんが、事業所の問題がより大きいと感じます。また、養成校を含めた教育の問題もあるように思います。

そして、なにより現場にいる私たちが、介護の専門性や介護の質について発信が足りなかったと思わざるを得ません。

井上 由美子
プロフィール

Profile

高齢社会をよくする女性の会理事として、2013年3月より社会保障審議会介護保険部会委員及び介護給付費分科会委員に就任し活動中。
長崎市出身。
日本社会事業大学卒業、法政大学大学院修士課程修了。
出版、都市計画などビジネス活動を経た後、1999年より大学教員へ。
専門は、社会福祉学、社会保障論。
2007~2011年には城西国際大学福祉総合学部長を努めるなどして、2014年教員生活に終止符。

福祉分野の著作では、単著に『バリアフリー』(中央法規出版)、『協生の福祉』(明石書店)。
なお、2000年4月よりスタートした介護保険制度。
その実施直後に起こった家事援助サービスの制限に対し、いち早く「介護保険に家事援助サービスの見直しを提言する」を発表(『世界』2000年10月号)。
共著に『医療ソーシャルワーカー新時代』(勁草書房)、『医療福祉総合ガイドブック』(年鑑)、『社会福祉概論』(全社協、毎年改訂)。
今後は生活文化研究所所長として、つまり「地域包括ケアシステム」の実現に向けて様々なジャンルを導入しつつ「コミュニティケア」に取り組んでいく予定。

メッセージ

2014年3月、私は身体微不調のため15年間の教員生活に終止符を打ち、教員前の住まいに舞い戻った。
さあ、心身を整えて新たな生活を始めようと意気込む私を、近所に住む昔からの親友は、料理の達人ともいえる腕前で私を応援。
つまり食事の世話という「ケア」の一種を提供してくれた。
互いに楽しみにしていた生活の第一歩だったのだが…。
“ケアとは相手に寄り添うことが基本”とされている。
だがしかし…。世話する側の大変さは想像できていたものの、される側の問題は知識でしかなかったことを思い知った。
まず神経が過敏になる。
世話する側のイライラは、そうでなくても自分の所為と思ってしまう。
そう、世話される側の負い目や卑屈という、「依存」がもたらす世界を実体験する羽目になった。
私は長年の友情が壊れてしまう恐れから、意を決して世話になりたくない、と告げた。
親友にとってそれは思いもかけない一言だったに違いない。
好意でやっていることなのにと。
それに対し、私の心の持ちようが問題なのに、その理由をうまく表現できない自分がいた。
「ケアをすること」と「ケアをされること」の間には、計らずも「依存させる」「依存する」の関係性が立ち上ってくる。
それは強者と弱者の関係でもある。
私たち日本人は「人」を表すとき、多くの場合「人間」と言う。
専ら「ヒト」は生物的な場合に遣い、ヒトが人間になるためには、間、距離、関係がなければならない。
だからこそ、関係のあり様が個人の生活、生き方を大きく左右する。
ケアの現場は関係性の宝庫だ。
ケアはいかに人間の尊厳を保つか、自立を支援するかが目的だが、目的を果たすためには、依存・共依存や強者・弱者という関係性を克服することが課題となる。
とすれば、人と人の“間”に“何”をおけばいいのだろうか。私の求めるケアの「質」とはそれを探し出すことなのだと思う。

稲葉 敬子
プロフィール

Profile

1943年生まれ。
看護師として慶応義塾大学病院、ソニー本社で勤務後出版社入社。
育児・健康関連部門の編集部長、取締役企画室長歴任後50台で福祉分野に転身。
65歳で退職後は、現場での介護福祉士、ケアマネジャーの体験を活かし、介護スタッフ育成のため城西国際大学福祉総合学部兼任講師。
一方、 生涯学習の一環として、66歳で奈良大学文化財歴史学科入学、70歳で卒業した。

高齢社会をよくする女性の会理事・介護ジャーナリストとして執筆活動のほか、FM局で「いなばけいこのラジオマガジン」担当。
在日フィリピン人介護士協会顧問として、外国人介護者問題にも取り組み、また、「認知症予防音楽ケア体操指導員」として、認知症予防のためのボランティア活動をライフワークにしている。
平成12年から、修善寺町民生・児童委員を一期務める。
近著に「オトコの介護力」「ケアマネになるには」「どこへ行く?介護難民─フィリピン人介護士に介護を受けるということ」など。

メッセージ

古来より、「終わりよければすべてよし」という諺がある。一方、「死と太陽はまともに見られない」という諺の通り、ついこの間まで、死について語ることはタブーとされてきたのも事実である。

しかし、時代は変わった。
世界一の長寿国で高齢者人口はうなぎのぼりに増えつづけ、国民皆保険で、誰もが高度医療の恩恵を受け、そしてその医療によって、なかなか死なせてもらえない時代になった今、多くの人が「死の質」について語るようになった。

私は今、介護スタッフの研修で「死にゆく人への介護」を教えているが、私たちが学んだ一昔前の時代には考えられないタイトルである。

最先端の医療現場で長年、「医療にとって死は敗北である」と信じてやってきた医師が、病院退職後に介護施設の嘱託医になり、「自然死」の存在を否定し続けてきた今までの自分に愕然とされたという。

今の時代、多くの高齢者は、自分の死について、何を望んでいるのだろうか。

私ども「高齢社会をよくする女性の会」では、「人生最後の医療を考える」をテーマに、一年余に渡って、医療、介護の現場はもとより、弁護士など各方面の専門家を招いて勉強会を重ね、その集大成として「人生最後の医療に関する調査」を行なった。
調査では、「あなたが意思表示できない状態になり、さらに治る見込みがなく、全身の状態が悪化した場合」に「鎮静剤を使ってほしいか」、「心臓マッサージなどの心肺甦生と延命のための人工呼吸器装着をしてほしいか」、また「さらに治る見込みがなく、食べられなくなった場合、延命のための栄養補給を望むか」といった質問をした。

次回では、その調査結果を元に、Q.O.Dの実現のために、本人、家族はもちろんのこと、医療、介護の専門職としてどのように関わるべきか考えて見たい。

上村 晃一
プロフィール

Profile

血液型 : O型
趣味 : 読書(人には喋る事では?と言われる)

食品サービス業・OA機器会社を経て東京法規出版にて医療・福祉・社会保障関連の出版・イベント企画営業。
特に官公庁・健康保険組合の担当。
1999年にグループ会社日本ケアプラザに出向。
ホームヘルパーさん養成講座運営を始める。
2002年1月SILサービス向上研究会を立ち上げ現在に至る。

メッセージ

私が介護業界にかかわる事になったのは1999年。介護保険制度施行1年前でした。

元来、医療や介護系出版社で営業をしていたので、馴染みがなかったわけではない。
しかし、介護ビジネスなどは何も考えていなく、「どうしたものかな?」と思考して始めたのがホームヘルパーさん2級の養成学校運営でした。

教育・人材事業は、介護業界に貢献できるのではと、自社会議室で通学式講座を始めたのです。
その頃、介護業界では「サービスの質」が大事だと、国や先生方・事業者で良く言われていました。

私は「サービスの質」とは教育だと当時は考え、色々な方に先生を紹介いただきましたが、大事にしていたのが実際の講義内容を見学してから、お願いすることをしていました。

講師選定5か条

① 現場経験のある先生
② 話の上手な先生
③ 教科書に頼らない先生
④ 受講者の発言を聞き出す先生
⑤ 事務局とのカリキュラム相談を尊重いただける先生

以上のような基準で運営することを大切にしていました。
随分生意気な事務局だったのだと今更ながら思い出します。

しかし、それが私のできる「サービスの質」への取り組みでもありました。

又、受講生の就職支援にも力をいれ、介護事業者の説明会や相談援助などの特別カリキュラムも実施しました。
資格を取得したのなら現場で活躍してもらいたいという一念でした。

現場事業者さんとのやり取りで言われたのも「サービスの質」でした。
このワードは何気によく耳に入るワードですが、具体的な内容はアバウトなワードでした。

ここで読者の皆様にお聞きします。

皆様の「サービスの質」とは何ですか?

それを第三者にわかりやすく説明できるでしょうか?

篠崎 良勝
プロフィール

Profile

1969年生まれ 茨城県出身。
筑波大学大学院(教育研究科・障害児教育専攻)修了。
1996年4月民間シンクタンクにて自治体の介護保険計画など計画策定業務担当。
1999年4月から民間病院問題研究所(現・ヘルスケア総合政策研究所)主席研究員として介護労働に関する調査研究を担当。
2002年4月から介護情報誌「かいごの学校」(日本医療企画)初代編集長。
2005年4月から八戸大学人間健康学部専任講師。現在は准教授。
平成20年から毎年6月に八戸大学にて介護従事者を対象とした研修会『かいごの学校』を主宰している。
今年は平成26年6月22日に開催。

○専門は介護労働学、福祉社会学。研究領域は介護従事者の視点からみた現状、課題に関するアンケートを通して現場の抱える課題を浮き彫りにし、その解決に関する手法等の考案。

○主な所属学会等
日本介護福祉学会・日本社会福祉学会・日本特殊教育学会・日本保育学会・日本福祉心理学会

○主な報告書・著書
「介護事故」(単著)日本医療企画 2000年
「介護現場の医療行為」(単著)日本医療企画 2001年
「ホームヘルパーさん消滅の危機」(単著)日本医療企画 2001年
「介護の現実と再構築」(単著)日本医療企画 2002年
「どこまで許される?ホームヘルパーさんの医療行為」(編著)一橋出版 2002年
「介護労働学-ケア・ハラスメントの実態を通して-」(単著)一橋出版 2008年
など。

メッセージ

私は介護分野の調査研究をしている関係上、福祉関係者と話をしたり、各地の施設を訪れたりする機会がある。私が肌で感じた介護現場の一側面を紹介したいと思います。

ある老人ホームのデイサービスを利用している鈴木玲子さん(仮名=67歳)。彼女には認知症の症状がある。
彼女はこの施設では厄介者らしい。彼女はトイレに行くと、必ずその後で自宅に帰宅したくなるようだ。
案の定、彼女はトイレから出てくると帰宅するための身支度をし、玄関に向かって歩き出した。
それを静止しようと介護職員が「玲子さんのお部屋はこちらですよ」と言って反対方向に彼女の腕を引くと、「ねぇ!どうして帰してくれないの!」と声を荒げる。
その後、その介護職員が記入した記録ノートには「14時30分頃、玲子さんから奇声あり」と書かれていた。

なるほど、この施設では先ほどのような彼女の荒げた声は〝奇声〟と呼ぶられるらしい。

翌週、別の施設に行くと、例の鈴木玲子さんがいるではないか。
正直、驚いた。あまりにも上品かつ穏やかな表情で珈琲を飲んでいる。
彼女は、どうやらここのデイサービスも利用しているようだ。
彼女がトイレから出てきた。すると、やはり彼女は帰宅の準備を始め、玄関に向かい始めた。

『また、〝奇声〟で周囲を困らせるぞ』と私が不安に思っていると、ここの介護職員は違う。
彼女と一緒に玄関から出ていった。
そこで、私も急いで二人の後を追った。そして、一緒に歩き始めた。
すると、彼女は家族のことや料理の話など、時折笑顔も見せながら散歩をしているではないか。

「そろそろ、中に入って温かい珈琲でも飲みませんか」と介護職員がいうと、「そうね、中に入りましょう」と彼女は自ら玄関を開けた。

その後、介護職員の記録をのぞいてみると、「14時00分、玲子さんと楽しく散歩」とだけ書いてある。〝奇声〟という言葉はどこにもない。

「介護職員が人に寄り添う姿にはアタリ・ハズレがある」ということを私は肌で感じた。

佐藤 ちよみ
プロフィール

Profile

対人援助スキルアップ研究所所長。
介護支援専門員・介護福祉士。
交流分析インストラクター・東京都福祉サービス第三者評価者・介護技術講習主任指導者でもある。
ケアマネジャー・介護職の研修を中心に、居宅サービス計画・施設サービス計画・訪問介護計画等の作成法の指導や介護技術等の現場技術の指導も行っている。
その他の研修テーマに「介護記録のノウハウ」「対人援助技術」「介護職のための医療知識」「アセスメント力の向上法」「介護職のための交流分析」など、居宅の介護職・介護施設の職員育成に欠かせない様々なテーマで講師を務めている。
ブログでは、介護現場の紹介・取材、日本の古代史・民俗学・美術・音楽などなど、介護・福祉業界にとどまらず、幅広いテーマでの記事を発信し続けている。
【主な執筆活動】
《単行本》
○『よくわかり、すぐ使える 新訪問介護計画書のつくりかた』日本医療企画(単著)
○『サービス提供責任者の業務実践マニュアル』中央法規出版(単著)
○『ポケット判 介護の○と×シリーズ 記録の書き方○と×』中央法規出版(単著)
○『ケアマネジャー最強のアセスメント力養成講座』エクスナレッジ(単著)
○『図解でよくわかる介護記録の書き方・活かし方』秀和システム(単著)
○『図解分かりやすい新・介護保険ガイド』保健同人社(共著)
ほか多数。
《連載》
○「達人ケアマネ」(隔月刊)日総研
○「おはよう21」(月刊)中央法規出版
○「介護ビジョン」(月刊)日本医療企画
○「シルバー新報」(週刊)環境新聞社
ほか連載多数。

メッセージ

昭和62年、社会福祉士及び介護福祉士法が制定され、わが国に介護福祉士(Certified Care Worker)という国家資格が生まれました。
介護現場で働いてきた人が、働きながら学び、介護の国家資格が取得できるようになりました。
当初は、各都道府県等の自治体や職能団体が各地で研修会が開かれ、現場の能力向上を担ってきましたが、予算が削られ、研修会も激減し、現場の人手不足を理由に、自己研鑽から目をそむける者も増えてきました。
このままでは喀痰や吸引行為を行える新課程の介護福祉士、認定介護士の登場とともに、現場から退場せねばならないかも知れません。

介護職を取り巻く環境・改革はさらに厳しくなります。
平成25年度、ホームヘルパーさん2級は初任者研修へ。介護職員基礎研修とホームヘルパーさん1級は実務者研修に変わります。今までとの違いは、研修受講後に筆記試験が行われることでしょう。
介護福祉士受験資格も平成28年の1月以降より、介護経験者でも経験年数と所有資格に応じて実務者研修受講が必須。介護福祉士養成校も新カリキュラムに変更し、卒業と同時に介護福祉士国家試験を受けることになったのです。
平成28年度の合格者から、医療行為でグレーゾーンであった喀痰吸引行為等ができるようになりました。現在の介護福祉士はこのような潮流の中でこのままでいいのでしょうか。

現在働いている資格取得者が、この25年間介護業界を支えてきたのです。
新カリキュラムを学んで飛び込んでくる新介護福祉士に負けないためには、現在の自分の技術に欠点があれば修正・向上を図ることが必要です。
また、これからは、今までの現場経験を活かして自分の所属施設や外部で、積極的に研修会講師や、指導者になるなども選択肢になるでしょう。
まずは自分に自信を持つこと。人に教える前に自身が学ぶこと。
介護福祉士はすでに国家資格であるはず。プライドを持ち、自分磨きに挑戦してみましょう。

本松 洋一
プロフィール

1964年生まれ。
東海大学工学部機械科卒。
自動車製造会社入社後建築設備会社に転職。
そこで異業種として医療、福祉業界に参入すると言う社命を受け、訪問介護事業の立ち上げの責任者となる。
以後16年間在宅介護事業にどっぷりはまる。
管理責任者、ケアマネ、ヘルパーさんの兼務の他、住宅改修ではコーディネーターだけでなく、自ら手すりの取り付けなどの工事も行う。
何事も現場で経験しないと気がすまない現場至上主義。
現在福岡県太宰府にて医療法人健成会鹿子生整形外科整形医院。
「デイサービス ららら」施設長。
ホームヘルパーさん2級
福祉住環境コーディネーター
介護福祉士
介護支援専門員
管工事2級技能者

メッセージ

私は工学部出身の理系男子。
自動車部品製造業や建設設備会社にて福祉とは程遠い所で仕事して来ました。
理系選択の理由も「人と関わるより機械の方が気が楽」という理由です。
そんな折、「異業種として福祉に携わる」という計画が持ち上がり、「訪問介護事業」の新規立ち上げの担当者になったことが私の福祉の始まりでした。

平成6年の春。まだ在宅介護は措置制度の中でした。
私のような全くの素人が、福祉経験のない民間企業で手探りでの福祉の仕事は無謀でした。
それでもただただ企業人の使命感だけで頑張りましたが、今思えば何でもないサービスや苦情に右往左往の日々でした。

それでも4年後都内B区の業務委託を受託できるまでになり、契約者は100人を超え、それに伴いケア内容や要望も複雑化し、並行してクレームも増えました。

でも委託という形で生まれた行政との密接な連携や指導は私たちにとって良くも悪くもこの上ない勉強となり、その後の介護保険導入から始まる民間競争の中で、信頼性、誠実性、確実性で高評価を頂けるまで成長できました。

立ち上げから16年間にわたり訪問介護事業にどっぷりと浸かり、数々の困難ケースや山のようなクレームにそれこそ真摯に対応し、時には失敗してきたことは私の自信につながりました。
企業に対する使命感はいつのまにか人に対する使命感に「やらされてる感」は「やらなければ感」に変ってきました。
初年度10数万程度の売り上げは、いつしか億単位。

過労で倒れたり、鬱にもなりましましたが、でもこの仕事が心底好きになり、人と接する仕事は確かに大変ですが、なんとやりがいのある仕事なのか。そして体温を感じる仕事なのかを痛感しました。

経験を経て、私の根底にあるのは「素人意識」です。

当初、他事業者様の専門職の方々との会話で感じた圧倒的な劣等感は今でも覚えています。だからこそ自分の経験値や知識はまだまだ低く、もっと勉強せねばという気持ちが湧く。それは結果的に周りを引き上げ、チームの底上げに繋がっていくと思います。

「素人意識」を大切にすることはスタッフの教育・評価にも反映されました。

80点の優秀な職員のスキルアップも大切ですが、私のような赤点しか取れなかった職員を50点60点と上げていく方が事業者様として大切と考えます。

まだまだ素人と思う事が結果向上心になり、サービスの質向上になると思いませんか。

松本 京子
プロフィール

Profile

阪神淡路大震災まで神戸市立西市民病院勤務。
避難所の支援活動を経験した後に在宅看護の道にすすむ。
1997年4月 神戸市北区で聖隷福祉事業団 訪問看護ステーション開設【 管理者 】
1999年7月 医療法人立訪問看護ステーションわたぼうし【 管理者 】
2004年4月 同法人にて有床診療所ホスピス希望の家開設に従事し入院と在宅を統括する【 管理者 】
2008年   緩和ケア認定看護師の認定取得
2008年11月(株)なごみ 代表取締役 訪問看護・居宅介護支援・訪問介護事業開設
兵庫県看護協会訪問看護認定看護師教育課専任教員兼務
2009年2月 任意団体 ホームホスピス 神戸なごみの家開設
2011年9月 NPO法人取得し、NPO法人 神戸なごみの家
2012年3月 日本福祉大学大学院 社会福祉学研究科 社会福祉学専攻修士課程修了
修士論文「ホームホスピスにおけるケアの内実」
現在に至る。

メッセージ

我が国では、住み慣れた地域で暮らし続けるために地域包括ケアシステムの構築が推進されている。
地域包括ケアシステムの構築には、多職種の連携協働が不可欠であり、全国各地で多職種連携の研修や会議が開催されている。
それは、研修や会議を通じて“顔の見える関係”を作り、ケアの目的や目標を共有したチームアプローチを実現しようとする取り組みである。

私たちの目指すべき目的は療養者とその家族のQOLの実現であり、実際の有様は個々に異なっているのは言うまでもない。
では、ケアに関わる全ての職種がこの目的を共有し、自らの専門性を活かしながら連携協働できているかと問えば、大いに疑問の残るところである。
研修や会議の場で議論されるときに、私たちの目的は何かという本質的な議論の前に、方法論に終始している現実があるのではないだろうか。

では、これからどのようにどうしたらいいのか。
連携協働のための作業を進めると同時に、自分の専門分野についての役割を自覚し、揺らぐことのない足元を固めることではないだろうか。
ケアに関わる専門職は、対人援助に関わる仕事の土台として、1人1人のご利用者様と向き合い、その人にとってのQOL実現について合意形成できるコミュニケーション力を持つことが求められる。
その上に、訪問看護師としての専門性を発揮し、多職種と連携協働できるためには、ご利用者様の病状や症状を見極めながら生活の再構築をサポートできるようにアセスメント力と療養生活のマネジメントができる力をつける必要がある。

F・ナイチンゲールは、18世紀において既に“段階的に家庭に帰すべく療養システムを構築するように”と提言している。
私たち看護師は、病状や症状を見極めながら暮らしを整える専門職として看護の実践力を磨き、多職種と共に療養者とその家族のQOLの実現を目指すことが求められている。

大橋 奈美
プロフィール

Profile

1968年3月3日広島県生まれ、大阪市育ち。
錦秀会高等看護専門学校卒業後、阪和記念病院(第3次救急病院)に8年間勤務(主任)。
その後大阪府立看護大学医療技術短期大学非常勤講師助手。
1999年から公立那賀病院呼吸器科勤務5年間(師長補佐)。2004年から訪問看護に携わる(所長)。
2000年介護支援専門員資格取得。2002年呼吸療法認定師の資格を取得。

西洋医学と東洋医学両方のアプローチができる訪問看護師をめざし,2000年佛教大学社会福祉学部,2007年関西医療学園専門学校東洋医療鍼灸学科卒業。
同年 4月鍼灸師に。なお,2010年 訪問看護認定看護師を取得。

「人材は、宝」「まず聴いてみること」を大事にしながら、リフレクションをしています。ストレス発散は、映画鑑賞、長居公園や住吉大社を散歩すること。

メッセージ

この9年間で、約200人の利用者の在宅での看とりをさせて頂いた。
社会風評では、家で最期を迎えるよりも病院の方が安心だという家族が今も昔も多い。実際80%以上の人たちが、最期の場所が病院で迎えるというのも事実である。
病院を辞め在宅への移行は、不安だらけだった。
在宅に訪問して最初に、カルチャーショックを受けた。病院では、患者間違いをなくそうと氏名・年齢・生年月日・疾患名の書いた紙を常に持ち歩いていた。一方在宅では、例えば日曜日に先祖供養に行き、帰りに必ず近鉄百貨店の地下の天丼を食べるアンパンが大好きなAさんが糖尿病でインスリンをしている。という生活までも観る。
次第に私自身の視点が変わっていった。

2.5人の訪問看護師で開設をした。スタッフを率いてまず取り組んだのは、ステーションスタッフ間のチームワークを大事にするということであった。胸の中に気に入らないと思ったことは、必ず表情を見てお互いが理解し合えるまで意見交換をした。良い指導方法を求め、指導の仕方の本も読んだ。プライドの高い看護師の注意は1対1で、褒めることはみんなの前で実施する。それは経験から逆だと実感している。
私は、叱るときこそ皆の前で、褒める時こそ1対1で褒める。その方が、効果的であると思う。今では常勤換算12人,事務員1人の大規模化になったのである。

そして現在、訪問看護ステーション内のチームワークが上手くできる人は、介護支援専門員・介護職・ディサービス・福祉施設の多職種と上手く連携できると感じる。
そう思ったのは「訪問看護師は、怖いと思っていましたけど付き合ってみると話しやすいし、医療面で安心してヘルパーが入れます」という意見を多くもらうからだ。

私たちは、良好な多職種連携を行うために何が必要か?それは、Face to Faceを大事にして、互いのエンパワメント力を高め今後在宅で安心して生活をしたい、最期を迎えたい人たちをチームケアで支えていきたい。

入野 豊
プロフィール

Profile

大森山王居宅介護支援事業者様 所長
NPO法人 大田区介護支援専門員連絡会 理事長
中華民国台湾生まれ
1983年立教大学社会学部卒業後、‘86年末まで放浪の旅に出る。
徒歩にて日本を縦断。沖縄を経て、東南アジア諸国を巡る。
帰国後、トラックの運転手・包装用品の営業・築地魚河岸での労働・障がい者授産施設での指導員そしてグループホームの世話人といくつかの職業を経る。
あれやこれや、流れ流れて2000年4月より介護支援専門員として相談援助業務を開始。現在に至る。
介護を必要とする当事者と介護を担うその介護者の「笑顔」に寄り添うことのできる事業者様であり、ひとりの人間でありたい、と強く願い日々暮らしている。

メッセージ

介護保険法が施行され12年。
気が付けば「介護の社会化」「自己選択と自己決定」「介護者の介護負担の軽減」といった当初の理念は片隅に追いやられ、大手を振って闊歩する「自立」のふた文字。

少なくとも私の知り得る限りにおいて「人様の手を煩わせてはいけない。
自分でできることは可能な限り自分で行うべき」という教育を受けてきた高齢者がほとんどです。
その中にあって加齢や疾病により生活に支障が発生し、「自立的に生活ができなくなった」。
だからこそ何らかの支援を必要として、如何ともし難い状況の中で制度の「助け」を求めて申請を行っているのが現在の要介護高齢者であると思います。
その当事者に対して追い打ちをかけるかのように「自立」を強要する現実。そのような制度であっていいはずがありません。

今年の3月28日「ケアマネジャーの資質向上と今後のあり方に関する検討会(以降:あり方検)」が開催され、議論が進められています。
ケアマネジャー自身が、自ら検討するべき「資質の向上」と「あり方」が、敢えて言えば「部外者」に委ねられ、取り決められようとしています。

制度の要であるケアマネジャーの方向性が、第三者によって決められるということがどういうことであるのかを我々は、深く考えなくてはならないと思います。
つまり「あり方検」にある「ケアマネジャー」を専門職種である「医師」や「弁護士」に置き換えてみるとケアマネジャーの置かれている状況は一目瞭然です。医師・弁護士に対して第三者機関が「資質向上」や「あり方」について検討し、「かくあるべし」とその方向性を示すということ自体受け入れがたいことです。

ケアマネジャーの「あり方」の「変容」は、介護保険制度そのものの「変容」につながるものです。国=厚生労働省の「いいなり」にならない、そして当事者目線に立ったケアマネジャーとなるためにも団結し、ひとつとなることが重要であると強く思っています。

森永 伊紀
プロフィール

Profile

1958年5月3日生まれ。
和光大学人文学部人間関係学科卒業。
現在、世田谷保健福祉課地域支援担当・介護指導職。
世田谷区職員労働組合執行委員。
平成13年2月に発足したホームヘルパーさん全国連絡会事務局長。
ホームヘルパーさん全国連絡会が母体となり立ち上げた「ホームヘルパーさんの手による1000の事例研究会」で、全国で事例研究を実施。
著作「介護をはじめたあなたに」萌文社。「ホームヘルプにおける援助拒否と援助展開を考える」など。

メッセージ

「母は85歳を過ぎても体はピンシャンしていましたが、『親しい友達は全部死んじゃったし、もう生きていたってしょうがないから、早く死にたい』と言うんです。
じゃあ明日死ぬかって聞くと、『いや、今日はちょっとまだね』と言う。『ひじきと油揚げを煮ようと思っているから、あれを旨く煮て食べて死にたい』(笑)。
『俺は将来この会社の社長になる』というのとは違うけれど、ひじきを旨く煮るというのも、やはり生きがいなんです。だから僕は「じゃあひじき煮なよ」と言って帰りました(笑)。(「えれくせんと」三浦朱門氏の文章の要約)

三浦さんのお母さんは、自分ひとりでひじきが煮れなくなったら「終わり」でしょうか。
ヘルパーさんの援助を受けながら、ひじきを煮ることができれば、「終わり」にはなりません。
高齢者の生活の中には、自分が自分らしく生きていくテーマとなる生活行為があります。
その生活行為を、今日とどこおりなく行うことは、過去の自分と明日の自分を繋げる働きがあり、今日のような明日が来ること確信させます。
高齢者が「生きる」とは、このような日常性の継続にあるのではないでしょうか

ホームヘルパーさんには、高齢者の多様で雑多な日常生活の行為の中から、その人の、生きていくテーマとなっている生活行為を見つけ出し、すでに失われている場合は、ご利用者様と生活の中に手がかりを探して再生させ、または、新たに創り出していく力量が求められます。
私たちヘルパーさんが、ご利用者様の「変化」という言葉を使うとき、「変化」を、なるようにまかせた結果としてではなく、「ご利用者様の過去から明日に繋がる今日の生活行為を、ご利用者様とヘルパーさんが協力して行う中で生まれてきたもの」として使いたいものです。

森山 千賀子
プロフィール

Profile

白梅学園大学 子ども学部家族・地域支援学科 准教授。
一般社団法人 地域ケア総合評価機構 代表理事。
大学卒業後、15年間にわたり高齢者施設及び在宅福祉分野において介護職として従事。
1998年より町田福祉専門学校専任講師、2001年より白梅学園短期大学保育科(専攻科福祉専攻)専任講師、助教授、准教授を経て2010年4月より現職。
介護福祉士、社会福祉士。
2007年10月より「地域ケア総合評価機構」が主催となって「介護の質と評価システム研究会」を立ち上げ、現在20数回にわたる公開学習会の成果を、研究会のメンバーとともに、著書としてまとめている。
また、大学の所在地である小平西地区において、「お互いの顔の見える地域ネットワークづくり」に大学内の事務局として参画している。

メッセージ

介護保険法の改正(2011年6月15日成立)にともなう社会福祉士及び介護保険法の改正により、2012年4月からは、一定の研修を受け、一定の要件に適合し都道府県知事に登録した事業者様等で働く介護福祉士や介護職等に対しては、喀痰吸引(口腔内、鼻腔内、気管カニューレ内部)と経管栄養(胃瘻、腸瘻)の行ためが、法律に違反しない(実質的違法性阻却)という運用が認められました。

一方、2012年1月28日には日本老年医学会において、「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する「立場表明」2012が出されました。
これによると、「最善の医療およびケア」とは、「単に診断・治療のための医学的な知識・技術のみではなく、他の自然科学や人文科学を含めた、すべての知的・文化的成果を還元した、適切な医療およびケア」であり、「生活の質(QOL)の高い状態とは、主観的な幸福感や満足感が高く、身体的に快適な状態」であるとされています。

これらのことを考えると、例えば栄養をとる方法として胃瘻を造る際の意思決定や合意決定はどのように行われているのかが気になります。

医師に「口から食べられない、在宅で介護するなら胃瘻ですね。」と言われても、胃瘻にしない選択もありますし、胃瘻を造ったとしても、朝は胃瘻で栄養をとり、昼と夜は嚥下の訓練をしながら口から食事を摂ろうとしている方もいます。また、先輩ヘルパーさんとALS(筋萎縮性側索硬化症)の方のお宅を訪問した際に、その先輩ヘルパーさんは「今日はお嬢さんがつくったかぶのスープです。かぶが好物とうかがいました」といって、形のあるスープをご利用者様の方に見て頂いてからミキサーにかけていました。

つまり、胃瘻を造ることがその方の生命維持にとってどうかでなく、その人の生活や人生のありようから、その選択を尊重しどう寄り添えるかが生活の質を左右すると考えます。

介護職の立ち位置の重要性が問われているように思います。

★第2章は5月中旬に掲載予定となりますのでお楽しみに

渡辺 道代
プロフィール

Profile

NPO法人介護者サポートネットワークセンター・アラジン副理事長。

大学卒業後、都内病院で約10年医療ソーシャルワーカーとして勤める。
1998年上智社会福祉専門学校専任講師、2007年より岩手県立大学社会福祉学部講師・准教授を務めた。

現在は父母の介護のため退職し、専門学校・大学の非常勤講師等で社会福祉専門職の育成に携わっている。

高齢者や障害者等の介護における介護者支援についての研究や活動を行っている。
介護者サポートネットワークセンター・アラジン(理事長牧野史子)は介護者支援を専門に行うの先駆的NPOである。

メッセージ

家族支援の立場からは、介護職の人たちに対して、ケアしてくれる事に感謝している事が多いと思います。
それゆえ、家族は多少の不満があっても、それを言わない事が一般的です。

【 Aさん 家族の発言 】

「ケアマネジャーや主治医と普段からよくコミュニケーションをとる事も大切です。たしかに相性もあるけど、要介護者の事も、介護者自身の事もわかってもらう必要があります。介護者が楽になる発信してもよいと思う。あせらず、でも主張して、(嫌われないように)言い方をかえながら進める事が肝心だと思います。これ(コミュニケーション)が面倒くさくなってしまうといい方向には行かなかった。」

家族の調査でときどき聞かれる発言として、「ヘルパーさんや介護職はそれほどプロじゃない」という声が聞かれる事があります。
どんな時に聞かれるかというと、介護への不満というより、コミュニケーションへの不満である事が多いように思うのです。「わかってもらえない」という感じです。家族が「わかってもらえない」と感じるときは、やはりいいコミュニケーションがとれていないときだと思います。

家族が努力していないわけではなく、「介護する他の家族へどのような事を伝えたいですか」と問うと「自分からコミュニケーションを取る」とか「感謝している事を伝える」、「いい関係をつくるようにする」などの発言も多く、ヘルパーさんやケアマネに対して、関係性に配慮して、積極的にコミュニケーションをとろうとしていいます。

介護するサイド、ヘルパーさんやケアマネなどからはかえって家族の気持ちや思いは見えにくいのかもしれません。
介護を受ける高齢者や障害者が支援の中心のため、その背後の家族の姿や思いまで理解しにくいのでしょう。
家族は介護を受ける高齢者や障害者の代弁者やケアをする人としての介護者の役割を担うとともに、家族自身の悩みや思いを抱えている存在として、理解する事が必要とされるのです。

 

【 Bさん 家族の発言 】

「在宅介護ではべったりになってしまう。逃げる場がない。仕事でせっかちになっていて、職場で『イラついていませんか』と言われたときに気がついた。フラストレーションやストレスが溜まっていました。介護者が倒れると被介護者も倒れる。介護者にどれだけ『いい気持ち』(ストレスの緩和)ができるか、困ったときにセーフティネットを作れるか重要じゃないと思う。やさしい介護とか楽しい介護はなかなかできないが明るい介護はできると思う。介護者が気持ちを明 るくするために、その負担を軽減してくれるような事があるといい。介護者が明るくなれば、被介護者も明るくなるんです。でもなかなか1人ではできない。自分にストレスをためない。自分にやさしい気持ちがあったら、やさしくなれる。ゆとりがないとだめなんだ。ゆとりをもつためには、ストレスを捨てなきゃだめ。気持ちの切り替えのための小箱をどれだけ持っているかが大事だと思う。介護する人の感情はわかる。笑っていると笑う。怒っていると怒る。怒っていると声が大きくなって、鬼の顔になっているでしょう。そこだけは絶対ぼけない。人間の本能なんでしょう。ミラー現象というのだけど本当にそう。」

在宅での介護をしている家族は介護に起因するストレスを抱えています。介護をしていく中で、自分自身のストレスに気づき、自分でストレスをコントロールしようとしています。

しかし、一人ではなかなかできない事が多いのです。

介護する家族はさまざまな感情に揺れ動きながら介護しています。時には怒ってしまった事に後悔しながら。しかしパーフェクトな介護は家族ゆえになかなかできないのです。

介護職はそのストレスに気づき、言葉を選んでコミュニケーションを取り、家族のストレスを緩和するような支援が求められているのです。

柴田 範子
プロフィール

Profile

東洋大学ライフデザイン学科准教授。NPO法人「楽」理事長。
神奈川県社会福祉審議会委員や介護福祉士国家試験委員。
1987年川崎市においてホームヘルパーさんとして勤務。1999年4月上智社会福祉専門学校の講師として教壇に立つ。
その傍ら、NPO法人「楽」を設立し、2005年4月より現職。
2004年NPO法人「楽」は川崎市内を中心に福祉・介護にかかわる事業、研修、研究、相談事業等を行っており、認知症デイサービスセンター「ひつじ雲」を川崎市幸区に開設。2006年5月には新制度の「小規模多機能型居宅介護」へ形を変え、それと同時に新たに「認知症対応型通所介護」(デイサービスセンターくじら雲)を同じ幸区内に開所。
現在は、介護の質を高めたいと言う願いを持ってサービス提供責任者の実務研修に力を入れている。

メッセージ

介護は目の前にいるその人を知ろうとする事から始まります。

その人とコミュニケーションを図るところから始まります。

初めて出会う目の前にいるその人の情報は限られた狭い内容。
決して、まじまじと観るわけではありませんが、
体は大きいのに顔が白いなー、若いころスポーツでもしていたような体型なのにどうしてだろう。
表情が乏しいなー、脳梗塞からのその状態にある事を受け入れる事ができないのかなー
等と想像するのではないでしょうか。

どんな人だったのだろう。
そして、その人の今の気持ちは?
これからをどの様に過ごしたいのだろうと知りたい事は広がります。

A氏との出会いは2年半前でした。
仕事を辞し、今度は都会で頑張っている娘の役に立ちたいと、ご夫婦で関西の自宅を引き払って娘さんが住んでいる川崎のマンションに移り住みました。
数年後、高血圧だった事が要因したのか、体調を崩し入院。
入院先で2度脳梗塞を起こしてしまったのです。

適切なリハビリがされずに自宅に戻りました。
在宅での介護で奥様の疲労が高くなり、めまい等様々な徴候が出てきました。
かかりつけ医から、奥さんの時間を持つ事を勧められ、私どもと縁ができた経緯があります。
縁を持たせてもらった当初は、声も出ず、表情が硬く、身体全体が固まった状態でした。

職員の語りかけから始まりました。
できる限り語りかける。
1人だけではなく複数の職員が場面場面で語りかけます。
トイレに行く時も、硬い体に負担がかからないように、2人の職員で言葉を掛けながら前と後ろで協力してA氏に立ちあがってもらいます。

最近では女性が訪ねて来て言葉をかけられますとにっこり。
握手を求められると動きづらい右手を動かし手を握ろうとします。
職員に「きれいな方には握手も応じるのね」と言われ、にっこりして笑いの涙が。

大好きな娘さんが嫁ぎました。
職員が「瀬戸の花嫁」を口づさむと笑顔と涙があふれます。
出づらかった声も出るようになりました。
体の動きも随分良くなりました。
確実に奥様の負担も軽減されるようになりました。

生活の背景を知る事はコミュニケーションの幅を広げます。

自宅への訪問も多い事から、A氏やそのご家族の思い、価値観、
希望が見えてくる機会が多いのですが、
それをいかに有効にケアに活かすかが問われる事になります。

ケアの質は、その瞬間だけで終わるものではなく、かかわり続けている間中問われるものです。
ケアは社会一般の方々に見えるものではなく、所によっては密室の中で行われます。かかわり続けている事をきちんと記録に残す事が必要なのです。

「変わりありません」ではなく、その人の目標に沿って行われてきた支援を具体的に残しましょう。
ケアは1人で行うものではなく、複数の介護職員で、時には、他の職種の方々と進めるものです。
記録を具体的に残す事で、一か月前と今、一週間前と今の違いが見えてくる事になります。

その人を知ろうとする日々のかかわりと、実践をキチンと記録に残す、双方が絡まってケアの質を高める事に繋がるのです。
実践。記録を基に支援のあり方を見直していく事で、求められるケアの質に近づくのだと言えると思います。