『笑顔』のあるまちづくりを応援

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島 香織 氏

~ 第三話 ~

2017年夏より、社会福祉事業応援サポーターに任命いただき、本格的にこの社会福祉の世界を応援させていただけることになりました。

応援サポーターによる私の役割は、この業界を明るく元気で前向きなイメージに変えていくことだと思っています。
実際に介護の世界は厳しく大変なことも多々あるのは確かです。
しかし、笑顔を忘れず家族のように自然体で接するスタッフの方々のおかげで、元気を取り戻し、笑顔があふれる利用者さんの日常もたくさん見てきました。
利用者さんの「ありがとう」の言葉にまたスタッフさんにも笑顔が生まれ、笑顔のバトンがつながっていく。

施設が特別な場所ではない。
利用者さんにとってそこは『ホーム』であり『新しい家族』であり、『もうひとつのふるさと』になっていく。
穏やかに自然体でありたいと願うのは誰もが同じだと思います。
スタッフの方々も利用者さんも私も、立場は違っても自然体で一緒に過ごせたら、きっと心から笑いあえる時間が増えていく。
実際に、施設でライブをさせてもらって元気をもらっているのはいつも私のほうです。
「ありがとう、またきてね」
心からの言葉と笑顔にどれだけ元気をもらっているかわかりません。
お金には代えられない喜びです。
きっとスタッフのみなさんも、そんな喜びが糧となっているのではないでしょうか。

感謝の気持ちを伝え合うことで、みなさんにプラスの連鎖が生まれ、活気づいていく。

ゆくゆくは、私の歌と活動が元気で社交的なお年寄りがたくさんいるような明るい街づくりにつながれば最高だと思っています。
そんな歌を届けていけるように、社会福祉事業応援サポーターとして、みなさんと共に社会福祉事業を盛り上げていくべく元気に楽しく!!

全国に笑顔のバトンをつなげていくために頑張りたいです。

『代弁者』というプロフェッショナル

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島 香織 氏

~ 第二話 ~

アーティストというのは自分の世界観を貫き、その世界観を好きになった人がファンになり、成り立っていくものと思います。
そして、シンガーソングライターは作詞作曲歌唱の自作自演の世界です。
しかし、施設で歌う時には、自己表現よりも、お一人お一人の表情やしぐさをとても気にかけています。

「今、どんな気持ちなのかな」
「どんな歌が聞きたいかな」
「どうやって緊張をほぐしてあげたらいいかな」

と、選曲やMCにもすごく気をつけ、曲の長さも配慮しています。

歌手も十人十色なポリシーやスタンスがありますが、

「今、目の前にいる人に喜んでもらう」

ということが私にとっての最高のプロフェッショナルだと思います。
施設ライブに行かせていただくときは、スタッフさんと一緒にどうやったら楽しんでもらえるかなど、事前に打ち合わせをしたり、ライブ中にサポートしていただいたりしている中で、

「利用者さんの笑顔が見たい」

という共通の思いを感じています。
同じ思いがあるからこそ、社会福祉施設出張ライブが成り立っている今があります。

私は ライブだけではなく、曲作りにおいても『相手の思い』を大切にしています。
特に応援ソングや、社歌、イメージソングなど、依頼があって制作するものは、自分の思いや想像ではなく『クライアント様の思い』が一番大切だからです。
クライアント様の『代弁者』であることが最高のプロフェッショナルだと思っています。

介護の世界においても同様に、利用者さんの思いを受け止め

「どうしたいか、どうなりたいか」

の気持ちを汲み取るために、一つ一つの言動をとても大切にされていると思います。
その思いを叶えるため、実現できるよう共に頑張っている姿を拝見し、施設スタッフの方々も、利用者さんの『代弁者』だと思いました。
そこに仕事を超えた心あるプロフェッショナルが生まれているように感じています。

ジャンルは違いますが、社会福祉の世界に笑顔が生まれる活動『笑顔のバトンをつなぐプロジェクト』をどんどん企画していきたい。

『後悔』から希望の光へ

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島 香織 氏

~ 第一話 ~

私は歌手活動17年になるシンガーソングライターの島香織です。
東京と地元富山を中心に全国津々浦々で歌わせていただいています。
ライブ・イベント・宴会・お祭り・パーティなどを中心に、
『笑顔のバトンをつないで』をキャッチフレーズに『元気』を届けたいと日々歌っています。
曲調はさまざまですが、頑張る人への『応援ソング』のような歌が多いです。

そんな私が福祉施設で歌うようになったきっかけは、偶然ではなく必然であり強い思いからでした。
私が夢を追いかけて家族の反対を押し切って上京したのは10代。
現実を知り一度目の挫折で実家に戻った20代半ば。
その頃祖母が突然入院し、意識のないまま長い年月がたち、雲の上に行ってしまいました。
両親が共働きだったので子供のころから祖母と過ごすことが多く、『おばあちゃん』に寄せる思いは強かった私です。
自分がテレビの中で歌う姿をいつか見せてあげたかった。
自分の夢ばかり追いかけていて何もしてあげられなかった
と、後悔ばかり募る日々でした。
以来、町で祖母と同じくらいのお年寄りを見ると
「この人が自分のおばあちゃんだったら色んなことしてあげられたのにな」
と切なくなることが多くなりました。
そんな日々の中で、「お年寄りに喜んでもらえることをしたい」という気持ちが大きくなり、まずできることを勉強したいという気持ちでヘルパーの資格を取りました。
施設や利用者宅での実習の中で実際に高齢者の方々と触れ合い、
「もっと笑ってほしい、楽しいなと思うことをしてあげたい」
という気持ちになり、
「私だからこそできることをやりたい。歌で元気を届けられたら」
と強く思うようになりました。
人が集まるお祭りやイベント、ライブハウスで歌うのが当たり前だった私ですが、寝たきりになった祖母のように、私が行かないと歌を届けることができない人がたくさんいることに気が付きました。

実際に歌いに行った初めての障害者施設、高齢者施設で感じたこと。
それは、私がそれまで歌ってきた会場と『変わらない笑顔』がそこにあるということ。
たった一つの違いは『ライブ会場には行けない』こと。
「また来てね」
と心から楽しみに待ってくれている利用者さんの笑顔を見て、私の中の「歌でもっともっと沢山の人に元気を届けたい」という思いが使命感に変わった瞬間でした。