「ポン寿司」で知った、当事者の心

福祉業界に入る前、私はテレビディレクターとして全国の福祉現場を取材した。20年近く前に出会った、ある介護家族の話からこのコラムをはじめたい。

 

60代の女性Aさん。脳卒中片マヒで杖歩行、高次脳機能障害もあり、生活の様々な場面で同居の夫の介助が必要だった。

料理好きで、元気な頃はよく友人を招いてホームパーティーを開き、自慢の手料理をふるまっていたと夫が話してくれた。

言葉が出づらいAさんはいつも笑顔で夫の話にうなずいた。

自宅での取材中、Aさんは夫が台所に立つ時、少しだけ浮かない顔になった。

夫はバリバリの会社員だったが、妻に代わって家事に専念しようと早期退職。男の料理教室に通い、調理に挑戦し、洗濯や掃除も頑張る専業主夫である。

 

その番組では、理学療法士の三好春樹さん(生活とリハビリ研究所代表)がゲストだったが、事前打合せの時、このような介護家族のあり方に対し、「介護職としての着目点」を聞いてみた。その時の答えはこうである。

「夫は家族介護という大義名分で、実は妻ができることを奪っていないか」

「妻の生きがいは、家族や友達に料理を振る舞う事だったのでは?」

「妻は、夫へ遠慮して本音を言えないのも知れない」

私は思わず「えっ?」と驚いたが、「片マヒだから家事が出来ない訳じゃない。もう一度料理を作る楽しさを味わえるといいね」と三好さんは言う。

そこで、Aさん夫妻にスタジオ出演してもらう時の企画として、その場で何か作れないか。Aさんの好みや得意料理を踏まえ、動く方の手で作れる工夫を提案した。

それが、洗剤の計量スプーンに酢飯を片手で詰め、上に刺身を乗せる「ポン寿司」である。

夫婦へ事前に企画内容を伝えたところ、迷いながらも「やってみる」とAさんは了解してくれた。

そして収録当日、調理場面となった。Aさんは悩んだ末に「やる!」と言って立ち上がり、動く手ひとつでポン寿司を作ったのだ。

そして「一丁上がり!」と満面の笑顔。

うれしくて大泣きしたAさんと「そんなに料理したかったんだ」と驚く夫。二人の対照的な表情を今も忘れられない。

 

Aさんの中にくすぶる思いを見抜いた介護者の発想に触れて、「介護は隠れたニーズに処方箋を示すことができるのか」と初めて知った。

私たち専門職は、つい当事者の表面的な言動にとらわれがちだが、どれだけ遠回しの表現の裏にある本音に気づいているだろうか。

田村 周

  • 保土ヶ谷区基幹相談支援センター  相談員

社会福祉士・精神保健福祉士。

全国の先駆的な福祉事業や当事者活動をメディアで取材し、生活リハビリや障害者演劇、ピアカウンセリングなどの実践に触れた。

2015年から福祉業界へ転職。訪問介護や障害者グループホームなど在宅福祉の経験を積む。

2019年に相談職(地域包括支援センター)となり、2023年より現職。

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