一人ひとりの物語に寄り添う

社会福祉士を取ろうと専門学校に通った6年前、高次脳機能障害など重度障害がある人の通所施設で実習した時の話である。

ナラティブ(=心の中の物語)を実践に落とし込む面白さを体験した。

 

この施設の朝礼は、「今日、何をして過ごすか」を利用者どうしが話しあう所から始まる。いくつかあるプログラムから、職員も交えてとことん話す。その輪の中に、利用者や職員の食べる昼食づくりに毎回手を挙げるBさんがいた。Bさんは元々、飲食店を営んでいた板前。脳血管障害による失語やマヒがあったが、店を再開したい夢を持っていた。

そんなBさんが興味を持ったのが、調理経験を生かした昼食づくり。利用者に包丁を持たせるなんて、と思うかも知れないが、活動室には炊事場があり、もともと調理も生活リハビリの一環にしていた。Bさんは毎日包丁を握り、野菜を切ったり鍋前に立って味見をしたりと大活躍。

大切な仲間や職員と共に食べる昼メシを作る。美味しいと言って食べてもらえるのが、板前にとっては何よりうれしい。Bさんの心の中の物語が、調理という生活行為を通じてリハビリになっていた。

 

もう一つ。施設の特徴的な活動が、利用者自身の希望でアレンジする「スペシャルデイ」という個別外出である。50代の男性Cさんは優秀なサラリーマンだったが、働き盛りの40代で四肢マヒとなり、車いす生活。実習生の私は、言葉が出ず、表情も乏しいCさんが何を考えているのかさっぱり分からずにいた。

 

そんなCさんのスペシャルデイ。私の指導役の支援員が妻と事前に打ち合わせ、Cさん自身には事前に知らせない“ミステリーツアー”仕立てとなった。目的地は、妻と学生の時に初デートをした下町の商店街。「青春時代を思い出す一番行きたい場所だと思う」と、妻はCさんの気持ちを推し量った。

 

ツアー当日。車いすを押しながら、にぎやかな商店街の景色を楽しみ、サプライズで一角にある妻の実家の煎餅屋を訪ねた。倒れてから妻の実家に行くのは初めてらしい。妻の母や兄弟が店で待ち受けているのを見たCさんは、顔をくしゃくしゃにして目には大粒の涙。彼の心の声が初めて聴けた気がした。

 

一人ひとりの個別性、物語に合わせた支援を、どうせ無理だと私たちは諦めてやしないか。感情をゆさぶる関わり(ケア)は、その人がつらい障害を乗り越えて生きていくのに欠かせないのではないか。私が介護を受ける立場だったら、そういう介護を受けたい。

田村 周

  • 保土ヶ谷区基幹相談支援センター  相談員

社会福祉士・精神保健福祉士。

全国の先駆的な福祉事業や当事者活動をメディアで取材し、生活リハビリや障害者演劇、ピアカウンセリングなどの実践に触れた。

2015年から福祉業界へ転職。訪問介護や障害者グループホームなど在宅福祉の経験を積む。

2019年に相談職(地域包括支援センター)となり、2023年より現職。

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