私が考える介護・福祉の「質」は、その人や家族が望む暮らしに、どこまで近づけるかということです。その原点は、看護師時代、ご家族から聞いた一言にあります。 私はかつて、大学病院のNICUで働いていました。小さな命が危機を乗り越え、家に帰れるようになる。医療的ケアが必要なお子さんも、ご家族がケアの方法を身につけ、退院の日を迎える。その姿を、心からうれしく思っていました。
退院前の準備や地域への情報共有も、行っていたつもりでした。けれど、小児科病棟で退院後のご家族と再会したとき、その思いは揺さぶられました。 「せめて、退院後に相談できる場所くらい教えてほしかった」
自分が「支援できていた」と思っていたことと、ご家族が必要としていたことの隔たりを知りました。 病院では、医療的ケアを安全に行えることが大切です。でも、家に帰れば、そのケアは毎日の暮らしの中にあります。夜は眠れるのか。きょうだいの学校行事に行けるのか。親が体調を崩したら、誰に頼れるのか。私は、退院の先に続く「暮らし」を、十分に想像できていなかったのです。
「ノー」と言わない選択って、決して格好良いことでも、無理をすることでもないと思っています。
ただ目の前の方と向き合おうとジタバタしているうちに、いつの間にかスタッフ同士の絆や、地域との温かい繋がりが広がっていた…
そんな感じなのかもしれません。
この経験から、私は病院の外で家族を支える道を選びました。必要な場所がないなら、どうしたらつくれるだろう。今の制度では難しいなら、誰とつながればできるだろう。
行政と相談窓口をつくり、安心して子どもを預けられる場づくりにも取り組みました。初めから方法がわかっていたわけではありません。ご家族の声を聞き、関係する人に相談し、一緒に考える。その繰り返しでした。
現場には、人員や時間、制度など、すぐには変えられない条件があります。だからこそ、願いをかなえるために、職員がさらに無理をする形にはしたくありません。 今のやり方を少し変えられないか。一つの事業所では難しくても、地域の誰かと一緒ならできないか。「できない」で終わらせず、方法を探すことはできると思っています。
高齢者介護でも障害福祉でも、私たちが「よい」と思う支援と、本人や家族が望む暮らしが、いつも同じとは限りません。
「この人は、どう暮らしたいのだろう」
忙しい毎日の中でも、その問いを持ち続け、聞いた願いを誰かと一緒に考える。現場の小さな違和感や気づきは、ケアを変える入口になります。 できない理由を探す前に、どうしたらできるかを考えてみる。その積み重ねが、一人の暮らしを変え、やがて地域のケアを変えていくのではないでしょうか。
1分で登録できる
まずは無料体験をお試しください!